プーチン大統領がウクライナ東部ルガンスク、ドネツク両州の一部を実効支配する親露派武装集団が一方的に独立を宣言している二つの人民共和国を独立国家として承認する大統領令に署名したことで、ウクライナを巡る情勢はさらに緊張の度合いが高まった。バイデン大統領もロシアとの会談を無期限で停止することを明らかにし、今後欧米とロシアとの緊張悪化はもう避けられそうにない。
しかし、われわれ日本の国益の観点から最近のウクライナ情勢を捉えるならば、最近のプーチン大統領の発言を最も注意するべきだろう。プーチン大統領は最近、「長年の懸案だったドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国の独立と主権を直ちに承認するという決定を下す必要があると考えている。また、ウクライナは単なる隣国ではない、われわれの歴史、文化、精神的空間は不可分だ」と発言した。
プーチン大統領の脳裏の中には、冷戦でソ連は西側には敗北した、それによって本来は自らの勢力圏だった東欧にNATOがこの30年間でどんどん侵略してきた、という危機感があり、ウクライナまでもがそれに追従するということで同大統領の沸点に達し、一連の行動に出たと考えられる。“単なる隣国ではない、われわれの歴史、文化、精神的空間は不可分だ”という発言からは、「ウクライナをNATOに吸収させない」という決意が読み取れ、もはや国際法の基本原則である武力行使や侵略の禁止、ウェストファリア条約でいう主権国家間の国際関係というものは通用しないと言えるだろう。
だが、この発言は何もプーチン大統領だけでなく、われわれはそれを他の国家指導者にも連想する必要がある。要は、この発言を中国の習近平氏がどう考えるかということだ。
プーチン大統領の発言にある“ウクライナは単なる隣国ではない、われわれの歴史、文化、精神的空間は不可分だ”は、習氏が台湾について発言する内容と極めて似ている。例えば、習氏は昨年9月の辛亥革命110年記念大会における演説で、「台湾問題は中国の内政問題で不可分であり、いかなる干渉も許さない。祖国の完全な統一は必ず実現しなければならない歴史的任務だ」との意思を示した。中国は台湾を絶対に譲ることのできない核心的利益に位置付け、ロシアにとってはウクライナが核心的利益に当たるわけだが、問題はプーチン大統領の発言を習氏がどう観るかだ。
プーチン大統領は発言の中でウクライナを“隣国”と呼んだが、習氏は台湾を“内政”と呼んでいる。場合によっては、建国以来、歴史的に対外的拡張を進めてきた中国がプーチン大統領の発言に触発され、台湾への行動をエスカレートさせる可能性も排除できないだろう。
“プーチン大統領は隣国のウクライナに侵攻したが、ならば隣国ではない台湾の統一について他国から言われる筋合いはない”と習氏が判断すれば、ロシアがウクライナ情勢で進めるサイバー攻撃や正体不明の民兵の派遣、親ロシア派への支援などいわゆるハイブリッド戦を台湾へ援用し、台湾への電磁波攻撃、台湾に存在する親中勢力への支援などをいっそう強化し、台湾を内部から破壊する工作をエスカレートさせる恐れがある。
今日、ウクライナ情勢について中国は、西側諸国の対ロシア制裁に中国が参加するかとの質問に対して、「制裁が問題解決の最善の方法とは考えたことがない」と発言するなど、情勢を終始見守る姿勢を堅持している。中国は大きな国際問題が発生した場合ずっとそのような態度を繰り返しているが、欧米の死角を突くように自らの利益獲得を目指した行動を取り続けている。今回のウクライナ情勢も例外ではない。ロシアがとる行動から中国は学び、それを東アジアで援用してくることは間違いないだろう。