「カメラを止めるな!」(2018年)で一大旋風を巻き起こした上田慎一郎監督は、1月14日公開の新作「ポプラン」の撮影現場で労働環境の改善に心を砕いたという。出演者やスタッフらと個別に契約書を交わし、「撮影は原則1日12時間まで、撮影終了から翌日の開始まで10時間空ける」などの決まりを設けたことで、「現場の精神的・肉体的負荷がかなり軽減された」と振り返る。アカデミー賞作品賞を受賞した「パラサイト 半地下の家族」(2019年)でも注目された、映画の現場における労働基準のガイドライン。「こういう流れは今後も強まるだろう」と語る上田監督に話を聞いた。
「ポプラン」は、大切な“イチモツ”を突然失った男が繰り広げる異色のパニック&ファンタジー&ロードムービー。上田監督が10年間温めてきた題材で、「カメ止め」大ヒット後に味わったスランプなど、自身の境遇も色濃く反映させたという。
「契約書がない」のが当たり前だった
企画・制作は、上田監督と妻のふくだみゆき監督が設立した制作会社「PANPOCOPINA(パンポコピーナ)」。上田監督は「今度ウチの会社で映画を作るときは、ちゃんと契約書を交わした上でやってみようと話していたんです」と明かす。
「僕自身、いろいろな現場で映画を撮っていて、契約が不明瞭だったり、そもそも契約書がないのが当たり前という現実を見てきました。『ポプラン』では、少しでも労働環境の改善につながればと思って出演者やスタッフと個々に契約書を交わして撮影に臨みました」
「特徴的なのは、『撮影は原則1日12時間まで』『撮影終了から翌日の開始まで10時間空ける』という項目。正直、僕の現場でそこまで長くなることはあまりないのですが、少なくとも『いつ終わるんだろう』という精神的な負荷は解消されたと思います。出演する時間/しない時間にばらつきがあるキャストに関しては、また別の契約を結びました。共通する基本事項はありますが、稼働期間もそれぞれ違うので、契約書の内容は1枚ずつ異なります」
労働環境改善への実現、コロナ禍が決定打に
白石和彌監督が「孤狼の血 LEVEL2」(2021年)でハラスメント対策を徹底するなど、日本映画の現場でも労働環境改善に対する意識は急速に高まりつつあるという。加えて、大きかったのはコロナ禍で生まれた撮影ガイドラインの存在だ。
上田監督は言う。
「フェイスガードの着用や、基本的に喋らない、撮影時間の上限が設けられる…といった動きがありました。『そもそもコロナ禍と関係なく、映画の現場でもガイドラインは必要だよね』という考えが、『ポプラン』での取り決めにつながっています。以前から労働環境を良くしたいという意識はありましたが、決定的になったのはコロナ禍がきっかけだと思います」
「働きやすい」映画の現場、これからも
「明確」な契約書を交わしたことで「ポプラン」の現場にはどのような影響が生まれたか、あらためて尋ねてみた。
「1日に撮影できる時間が決まっているので、先ほども言ったように『いつ終わるのか』というストレスがないのは大きかった。監督としては、“締め切り”を意識することでより集中して取り組めた気がします。翌日の開始まで10時間空けることも、精神衛生の面で非常に良かったですね。ハラスメント対策については『排除』を明文化したことで、ある程度は安心感を持って撮影に臨んでもらえたのではないでしょうか」
「今回は制作会社が自分のところだったので、全て自分たちの判断でできました。別の制作会社でやるときはまた違うかもしれませんが、この流れは今後ますます強まるのではないかと思います」
そんな上田監督の最新作「ポプラン」は、1月14日公開。さて、「働きやすい環境」を整えて作られた本作、(なかなかクセの強い1本だが)どんな反響を呼ぶのだろうか。
【公式サイト】https://popran.jp/