超高齢社会に突入した日本は今後もなお高齢化率が上昇し、それに伴い認知症高齢者も増加していくといわれています。厚生労働省によると2025年には65歳以上の高齢者の約20%にあたる約700万人が認知症高齢者となると推計されおり、今後高齢者の増加に対する課題だけではなく、認知症を患う高齢者への対応や環境整備が必要となってきます。認知症高齢者の支援を行う医療ソーシャルワーカーのHさんは、いまの日本では認知症は身近な病気であり、少しでも多くの人に認知症について知ってほしいと話しています。
認知症の方との関わりから…「自分の考えは偏見だったと気づいた」
Hさんは医療ソーシャルワーカーとして病院で勤務していましたが、重度認知症デイケアへ異動になりました。これまで精神障害の方の支援に携わってきたHさんは、重度認知症の方と関わる機会は少なかったこともあり、「重度」という言葉のイメージから認知機能の低下が著しく、ほとんどのことを理解できないのではないかと思っていたそうです。
しかし、実際に多くの患者さんと関わってみると、日付やいまどこにいるのかがわからなかったり、数分前のことを覚えていなかったりなど認知症特有の症状はあるものの、長い人生の中で大切にしてきたことや培ってきたことなどはしっかり覚えていることを知りました。そして認知症について正しい理解ができていなかったことから、これまで自分の認知症の方に対する考えは偏見だったのかもしれないと思ったそうです。
認知症になっても若いころに習得したスキルは残っている
Hさんが支援している重度認知症のTさん(92歳)は、日付も場所も何を食べたか、いま自分が何をしていたかもわかりません。デイケアに来所しても「何もわからない。帰りたい」と言い、積極的に何かに取り組むことはなかったそうです。
しかしある日、毛糸と編み棒を見ると「貸して!」と大きな声で言い、慣れた手つきで何かを編み出したのです。何を編んでいるのかを聞くと「セーターよ。出来上がったらあなたに着てほしいわ」と言い、その表情はこれまで見たことがないほどの笑顔だったそうです。
そして約3週間でセーターを編み上げ、その出来はとても素晴らしいものでした。多くの方から「すごい!」と絶賛されたTさんは、それからもセーターや帽子、手袋、編みぐるみなどを編むようになりました。
その人らしい人生を送るために
Tさんは「編み物名人」と呼ばれるようになり、少しずつ笑顔が増えていきました。Tさんは気候から季節を把握することはできませんが、「秋になりましたね。秋といえば何を思い浮かべますか?」と聞くと、にこりと笑って秋にちなんだものを編んでくれます。Tさんの作った編みぐるみは、Hさんの勤務先の病院のエントランスを素敵に演出してくれているそうです。
認知症になってもその人がこれまでの人生で培ってきたものが、すべて失われるわけではありません。できない・わからないことに視点を置くのではなく、何ができるのか・何を楽しいと思うのかを知ることが、その人らしい人生を送るためには必要なのだと思うとHさんは話してくれました。
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これから日本ではさらに高齢化が進みますが、認知症の方がより自分らしい生活を送るためにも、地域の力はとても大切です。Hさんの話を聞き、多くの人たちが認知症への理解を広げることが重要だとあらためて感じました。