中国の国営新華社通信が2021年11月22日に伝えたところによると、中国政府は台湾企業「遠東集団(ファーイースタン・グループ)」が投資する国内の化学繊維企業やセメント企業において、環境保護や商品の品質などで法令違反があったとして、遠東集団に対して総額8862万元(約16億円)の罰金を科した。遠東集団は1949年に設立された株式会社「遠東紡織」(台北を拠点)を母体とし、現在ではセメントやエネルギー、金融や小売りなど240社から構成される台湾を代表する企業となっている。
中国政府は罰金の理由を法令違反と強調しているが、同時に「台湾企業が大陸に投資することを歓迎し、企業の合法的権益を保護する一方、台湾の独立を支持し、中台関係を破壊する者が大陸でお金を稼ぐことは絶対に認めない」「台湾企業は独立勢力と関係を断つべきだ」などとも指摘したという。
中国政府は今日の蔡英文民進党政権を独立派勢力と非難しているが、この遠東集団は去年の台湾立法委員選挙の際に、その民進党候補者たちに合計で5800万台湾元(約2億4000万円)を寄付したとされる。今回の件で中国側の真意は不透明な点が多いが、寄付の件もあり、中国政府は以前から遠東集団に不快感を抱いていてた可能性がある。
ところで、ここで問題になるのが、中国政府がこれまで堅持してきた政経分離、政治と経済は分けて扱うという原則が揺らいできていないかということだ。
以前、中国の経済力は米国や日本にはるか及ばす、先進国からの経済的援助を必要としてきたことから、先進国が懸念する自由な人権といった政治的課題でよって経済的援助が滞らないよう、政治と経済を分離して扱う政経分離を対外的に示してきた。しかし、21世紀になって中国の経済成長率は鋭くなり、2010年には日本を追い抜き世界第2位となり、2030年代には米国を超すとも言われるように、いつの間にか中国は被援助国から一帯一路を武器にする援助大国へと変貌した。正に、“毛沢東で立ち上がる、鄧小平で豊かになる、習近平で強くなる”という共産党が掲げるスローガンのようである。
よって、現在の中国政府にとって経済的に援助を受けるという優先順位は低下し、反対に自らの意思と国益によって自由に行動できる政治的空間が拡大し、それに伴い、政経分離の必要性も低下している。
それが、今回の台湾企業への罰金の背景にある。今日、台湾を巡っては、独立志向が強い蔡英文政権が防衛力を高め、政治経済の両面で米国や欧州との関係を強化しており、習政権は強く神経を尖らせている。台湾侵攻という軍事的オプションは米軍のプレゼンスもあって現在ではリスクが高いことから、習政権は代わりの制裁措置として経済的手段を選ぶことになる。
しかし、これは日本にとっても対岸の火事ではない。米中対立が深まるなか、日本の対中国姿勢はそのかじ取りが難しくなってきている。日本政府の基本方針では、日米関係、安全保障上の日米同盟を基軸に、中国とも安定的な経済関係を維持することだが、それができる政治的余地は時間の経過とともに狭まってきている。
今後、尖閣諸島周辺で海上保安庁と中国海警局の船舶が衝突するなどの実態が発生し、それによって日中関係が急激に冷え込めば、習政権が政経分離という原則を無視し、中国に展開する日系企業へ罰金など対抗措を取ってくることは十分に考えられる。
以上のようなことも関係してか、筆者の周辺では最近、中国へ展開する日本企業の間で、経済活動の規模縮小や材料の調達先変更などを検討する声が増えているように思う。事実、新疆ウイグル産の綿花使用を中止したり、使用量を減らす日本企業が増えていることが報道され話題にもなっている。
当然ながら、中国からの撤退が一気に増えるわけではないが、バイデン政権になり、人権デューデリジェンス(企業が経済活動の中で人権への負の影響を調査し、それを独自に防止、停止、軽減させること)の重要性が欧米企業を中心に急浮上したように、日本企業の中からもチャイナリスクを心配する声が増えてきている。人権デューデリジェンスだけでなく、今後、政経分離という問題も日本企業にとっては大きな問題となるかも知れない。