私は看護師として、市町村で行われている集団接種会場で、健康観察の役割を担っています。接種後に重いアレルギー反応が起きた場合、即座に対応するためです。実際、会場では接種後、気分が悪くなってしまった…という方がいらっしゃいます。しかし、ほとんどの方がしばらくすると回復され、何事もなく帰ることができます。先日接種に来られたAさんもそうでした。
もしかしてアナフィラキシー?緊張感が走る
その日の接種会場は、接種を受ける人は医師の問診の後に決められた座席につき、看護師がそれぞれの座席まで訪れてワクチン接種を行う形式でした。接種後は、そのまま座席で15分間安静に過ごしてもらいます。
私は、接種を終えた人たちが体調に変わりがないか、声をかけたり、顔色や表情をうかがいながら見回っていました。そのとき、ワクチン投与担当の看護師が手を挙げて、助けを呼んでいるのに気が付きました。
すぐに駆けつけると、30代の男性・ Aさんが小刻みに震えていました。「打ったあとに目の前がチカチカして」と。血の気が引いたように青白い顔。
もしかして…アナフィラキシーショックかも?…駆け寄った看護師たちに緊張感が走ります。
アナフィラキシーショックとは全身に及ぶ重篤なアレルギー反応です。悪化するまでの進行が早く、重症であると5〜10分ほどで気を失ったり、気道のむくみから窒息を起こしたりすることがあります。
「これまでの状況は?」とワクチン投与の看護師から申し送りを受け、不安そうなAさんの体を支えます。どうやら接種してすぐに気分が悪いと訴えたとのことでした。
接種した部位の皮膚は赤くなっていません。
「あちらにベッドがあるので移動しますね。大丈夫ですよ。支えているので楽にしてください」とAさんに声をかけ、別の看護師が持ってきた車いすに乗ってもらいます。
会場には簡易ベッドを置いた処置スペースがあり、すぐに移動しました。
ベッドで横になっていただき、血圧・酸素飽和度の測定します。血圧の低下もなく正常値です。
「横になったら少し気分はマシになりました」とAさん。顔色は徐々に良くなってきました。少しホッとしながらも、ワクチンを打った箇所が腫れていないか、息が荒くなっていないかなど、ショック症状が起きていないかどうかを引き続き観察します。
すぐに医師もやってきて「接種から何分?」と私に何度も確認しながら、Aさんに声をかけます。
「気分はどうですか?」
「良くなってきたのはよかった。血圧も問題はないですね」
「夜はちゃんと眠れました?朝はしっかりご飯食べました?」
「なるほど。寝不足な上に、朝ご飯食べてなかったんですね」
そのうちに接種してから10分が経過。血圧、酸素飽和度も正常範囲内です。
Aさんは落ち着いてきたと、緊張していた顔が少し緩みました。
「このまま時間までゆっくりして、動けそうなら帰っても大丈夫ですよ」となりました。
Aさんは副反応についてテレビやネットででいろんな情報にふれ、緊張していたと答えてくれました。
Aさんに何が起きたのか
ワクチン接種をきっかけに、目の前がチカチカして、小刻みに震えるような症状が起きたAさん。一体何が起きたのでしょう? おそらく「血管迷走神経反射」が起こったと考えられます。
迷走神経反射とは、緊張やストレスなどで起きる、血圧の低下、脈拍の減少などのことです。長引くと一時的に脳の血流が減少することで「失神」を起こすことも。ただし、失神は数秒から数分の意識消失で、全く後遺症を残さずに軽快します。学校の朝礼で生徒が倒れるのは迷走神経反射によるものがほとんどだそうです。
迷走神経反射は「冷や汗、目の前が暗くなる、吐き気が生じる」といった症状を伴います。私もこの症状が起きたことがあるのですが、声や音が遠くなり、血の気が引いて立っていられないような感覚でした。症状そのものは横になって安静にしていると数分から10分ぐらいで回復し、特に健康上大きな問題になることはありません。しかし、がまんしつづけると倒れてしまうこともあるので、その場でしゃがみ込むなどして転倒よる怪我を防ぐことが大切です。
迷走神経反射を起こす誘因となるのは、ワクチン接種のような痛みの刺激のほか、寝不足、疲労、恐怖、人混みなどです。ワクチン接種に関してはネットやテレビでいろんな情報が飛び交い、Aさんのように緊張しながら臨まれる方も少なくありません。接種前は、 前日は早めに寝て十分に睡眠をとり、食事も食べて体調を整えておきましょう。会場では接種の際は針を見ない、接種後15分は椅子で安静に過ごすことも有効です。
また、誰にでも起こる可能性のある体の反応なので、特にこれまで採血や注射で気分が悪くなったことがある人は注意が必要です。不安が強い方は、医師の問診のときに一言相談してみましょう。簡易ベッドが設置されていれば横になった状態で接種を受けることもできます。
◇ ◇
この日は午前中にAさんを含めて3人の方が迷走神経反射を起こされました。そのうちの1人は「気分が悪くなった人を見たら自分も怖くなってしまって」と話されたことから、連鎖的にも起こることもあるようです。
ワクチンの接種後に起こる副反応として一番怖いのはアナフィラキシーショックです。2021年8月22日までに政府に寄せられた統計によるとアナフィラキシーと評価されたものはファイザー製ワクチンで100万回あたり4件、武田/モデルナ社ワクチンで100万回あたり1.5件と報告されています。万が一の場合に備えて、迅速に対応できるよう看護師は接種後の観察に努めています。
一方で、64歳以下の方の接種が始まってから、迷走神経反射で気分が悪くなる人が増えていると周囲の医師、看護師からも聞かれます。不安な情報も多く、緊張してしまいがちですが、まずはよく寝て、よく食べて、体調を整えて接種に臨んでいただくことをすすめさせていただきます。
接種に当たって何か気になることがあれば接種会場の看護師に相談してくださいね。
▽引用資料
「新型コロナワクチンの副反応疑い報告について」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/vaccine_hukuhannou-utagai-houkoku.html