北九州市八幡西区にある九州女子大学の正門で、毎日、学生たちの登下校を見守るキャンパスのアイドル猫がいる。「ココロちゃん」だ。体の左側に大小のきれいなハートマークが2つもあることから、自然にその名で呼ばれるようになったという。
ココロちゃんは現在、推定18歳の雌猫。人間でいえば88歳くらいに相当するおばあちゃん猫だ。以前はキャンパス内を自由に闊歩し、行動範囲は広かったそうだが、現在は正門横にある守衛室のあたりで暮らしている。守衛室に勤務する警備員さんたちが食事の世話、体調の管理など、ココロちゃんの面倒をみている。
今春まで同大学で、幼稚園教諭や保育士を目指す学生の育成に携わってきた非常勤講師の園田頼暁(よりあき)さん(76)は大の動物好き。ココロちゃんをはじめ、学内にいる猫たちを見守ってきた。
「特任教授として赴任した2009年、事務の方が『ハートマークがある猫がいるよ』というので探してみたら、体育館の階段にココロちゃんがいて、写真を撮ったのが初めての出会いです。当時6歳くらい。鳴き声がとにかくかわいくてね。「ミャーン」と高い声で甘えるんです。その声に恋をしてしまいまして(笑)。以来、ココロちゃんとは12年のおつきあいなんです」
学内には当時、捨てられたり、子どもが生まれたりして20匹ほどの猫がおり、その数は年々増えつつあった。そこで園田さんは当時の副学長(現理事長)の支援のもと、動物愛護団体から捕獲器を借り、動物病院の協力も得て、1カ月ほどかけて全部の猫に対し不妊去勢手術を施した。
その後、学生有志20人ほどが集まり、「ふくねこの会」(通称ねこ部)が結成された。将来の学内でのねこゼロを目標に、餌やり、糞の始末、健康管理、募金集めなど、地域猫と同じような「大学猫」活動を行なってきた。その結果、一代限りの生を全うするなどして、学内にいた猫たちは年々減っていった。
「ココロちゃんにはエミコ、マルコという2匹の子どもがいたんですよ。子どもたちが幼いころは子育てに熱心でした。ココロちゃんのお母さん猫・ロココともよく一緒に過ごしていました。ただ、ロココは5年前、私の研究室で老衰のため息を引き取り、その後、マルコも病気で死亡。エミコは2年ほど前、どこかに姿を消してしまいました。昨年冬くらいから、学内に残ったのはココロちゃんだけになりました。最後の1匹がココロちゃんというのは、ハートマークの神通力かもしれません」(園田さん)
創立50周年を機に学内では施設の大工事が行われ、大きな音が苦手なココロちゃんは、工事の進捗状況に応じて、居場所を転々とせざるをえなくなった。そして、工事が終了したころには、現在いる正門の守衛室のあたりに落ち着き、そこが安住の地となった。
園田さんは、一匹だけになり年老いたココロちゃんの体を心配して、寒くなるとわら縄の猫ちぐらを作るなど常に気を配ってきた。現在は守衛室に詰める警備員さんたちが、高齢猫用の総合栄養食などを朝と晩、ココロちゃんにあげて世話をしている。昨年は警備員さんの一人が「ココロちゃんのおうち」を手作りし、守衛室の横に設置した。「ココロちゃんのために」とエサを差し入れする教職員もいるそうだ。
「警備員さんが24時間、交代でココロちゃんのことを見てくれているので安心です。高齢なので、夏のこの猛暑は特にきついと思いますが、いまでも雀を追いかけるなど、とても元気です」(園田さん)
「最初はなついてくれなかったけど、できるだけ会うようにしていたら、だんだんなついてくれました」と話すのは2年生の学生。また、「試験の前など不安なときや辛いことがあったとき、ココロちゃんに話しかけたら、言葉がわかったように『ミャーン』と答えてくれました」、「可愛い声で挨拶されると嫌なことも忘れてしまう」、「ココロちゃんとコミュニケーションをとるのが楽しみで、教員採用試験を頑張る励みになりました」という卒業生も。ココロちゃんに癒しや元気をもらったという学生はたくさんいる。
園田さんは、授業の教材として大学猫のことを取り上げてきたが、昨年2月22日のねこの日、ココロちゃんのことや学内の他の猫のことなど、これまでの大学猫活動をまとめた「ココロちゃんものがたり」という冊子を制作。大学の図書館に寄贈し、学生たちは興味深く読んでいるという。また、キャンパスのアイドル猫として長年にわたり癒しや元気を与えてくれていることへの感謝の気持ちを込め、「ココロちゃんの歌」も作った。冊子や歌はYouTubeで視聴できる。
「小さな命へのいたわりや思いやりの気持ちなど、ココロちゃんはいまも大切なことを学生たちに教えてくれています。これからも長生きして、学生や職員をずっと見守っていてほしいですね」と園田さんは願っている。