土地を相続した途端、不動産会社から大量DM なぜ把握される、個人情報では

どなどな探検隊(パートナー記事)

辻 智也 辻 智也

「父親が亡くなり、相続した土地・建物の登記を完了した途端、多数の不動産会社から『売却を検討しませんか』とのダイレクトメール(DM)が来ました」「登記情報は誰でも閲覧可能とは知っていますが、タイミングが良すぎます。情報が筒抜けなのでは」。そんな疑問の声が、京都新聞社の双方型報道「読者に応える」に寄せられた。土地や建物は無数にあるのに、どうやって個別の相続情報を素早く把握しているのだろう。調べてみた。

登記完了直後からDM「土地の売却ご検討を」

 疑問を寄せたのは、京都府南部在住の50代男性。亡父の土地を相続することになり、今冬に司法書士に相続登記をしてもらった。

 司法書士から登記完了の報告を聞いた4日後、男性宅に2通のDMが届いた。翌日にも1通。1カ月ほどたつとDMの差し出し元は十数社に及んだ。全て不動産会社だった。

 「相続のタイミングで、不動産売却をご検討いただけないでしょうか」「法務局で調べて、お手紙を送りました」。いずれの文面からも、男性が土地・建物を相続した事実を把握していることがうかがえた。

 男性は「登記簿は法務局で見られることは知っている」とした上で、「なぜ『変更された登記』をピックアップして検索できるのか。家族や親族を亡くした直後に、多量のDMが来るのは正直腹立たしいし、個人情報の観点からいかがなものか」と疑問視する。

不動産業者はどうやって素早く把握しているのか

 男性の言う通り、土地・建物の所有者や面積などが記された登記簿は、法務局で誰でも有料で閲覧できる。私たち新聞記者も取材で他者の登記簿を取得することがあるが、「住所」を指定しないと閲覧できない。膨大な登記から、一つ一つの土地の動向を速やかに把握するのは困難に思える。

 では、不動産会社は、どうやって相続情報をつかんだのか。男性宅にDMを送った京都市内のある不動産業者に聞いてみた。

 答えは「法務局で行政文書を開示してもらうんです」。どんな文書があるのか。「相続や売買の申請があった土地の一覧が記された文書で、情報開示請求で見られます。当社は毎週請求していますよ」という。

情報開示請求できる売買・相続された土地一覧とは

 登記簿を管理する京都地方法務局に聞くと、「それは不動産登記の受付帳のことだと思われます」。

 受付帳は、不動産登記規則に基づき、すべての法務局・支局に存在する。売買や相続、抵当権設定などの申請があった土地・建物が全て記載されている。

 実際に受付帳を開示請求してみると、請求から10日後に、変更された登記の一覧が公開された。「所有権移転遺贈」「登記名義人の氏名変更」といった変更理由も明記されていた。

 この文書により、不動産業者は相続された土地などをすぐ把握し、DMを送っていたわけだ。京都地方法務局によると、京都府内で受付帳を対象にした開示請求は、2019年度に約3900件あったという。

土地の所有、デリケートな個人情報では

 相続や所有権の移転は、デリケートな個人情報ではないのか。なぜ、受付帳が簡単に公開されるのだろう。同法務局は「組織内で共有する『行政文書』に該当するため、開示請求があれば公開するしかない」と説明する。情報公開法は、行政文書について、特定秘密などに該当しない限り、開示請求があった際の公開を義務づけているからだ。

 不動産登記法に詳しく、宇治市個人情報保護審議会会長を務める松岡久和・立命館大法科大学院教授(民法)は「受付帳は、事務手続きの明確化や統計活用などが目的と考えられ、不動産業者の利用方法は本来の趣旨とやや異なる」と指摘しつつも、「受付帳に記載された情報は、そもそも登記簿に載っている。公開を前提にしている登記簿の情報を隠す理由はない。1件1件閲覧するコストをかけず、一度に同じ情報を得られると気付いた業者側の工夫とも言える」とする。

土地情報には高い公益性、利用停止は困難

 私たちの社会では「どの土地を誰が所有している」という情報の公益性は極めて高く、土地所有は公事とされる。もし非公開にすると、街区開発や違法建築の所有者確認など多くの社会的業務の妨げになる。例外的に、居住地を知られると実害があるDVやストーカーの被害者らの土地所有は閲覧制限されるという。

 松岡教授は「親族を亡くした直後にDMが届くことに気持ち悪さを感じる人もいるだろうが、それだけで情報としての利用を停止すべきと言うのは難しい」と結論づける。現行法下では、「受付帳」は公開文書で、その使い道は業者側の判断に委ねられていると言えそうだ。

おすすめニュース

気になるキーワード

新着ニュース