「もしかして俺って単なる使い捨て?」コロナ禍にウーバーイーツで働いて気づいたこと 若手監督が自身の配達員経験を映画に

黒川 裕生 黒川 裕生

「言っちゃ悪いけど、やぎちゃんは完全に貧困層じゃないですか」

新型コロナウイルスの影響で仕事を失った「やぎちゃん」こと青柳拓さん。友人からそんなことを言われながらも、人通りの絶えた緊急事態宣言下の東京で、飲食宅配大手「ウーバーイーツ」の配達員として働き始めた。「稼ぎまくって奨学金を返すぞ!」。しかしそんな野望は初日で早々に打ち砕かれてしまう。配達バッグを背負い、自転車で疾走する青柳さんが東京の路上から見た景色とは―。

口座の残金313円

青柳さんは、日本映画大学出身の若手監督。映画一本では生活できないので、普段は親戚の仕事(運転代行)を手伝って糊口をしのいでいた。ところがこの仕事がコロナ禍の煽りでなくなってしまう。途端にのしかかる奨学金550万円の返済。そんな折、大学の先輩で映画プロデューサーの大澤一生さんから、ウーバーイーツで働く自分を撮るセルフドキュメンタリーの企画を持ちかけられ、一も二もなく乗った。

自転車1台で、実家のある山梨から意気揚々と乗り込んだ2020年4月の東京。最初の緊急事態宣言が発令されたタイミングだ。人通りが絶えた街の中で、自転車の配達員たちが縦横無尽に疾走していた。

「すでに配達員をやっている知り合いからは、1日で1万5千円から2万円くらい稼げると聞いていました」と青柳さん。ところが9時間40分走った初日の稼ぎは7千円ちょっと。そして口座の残金は313円。「あれ?聞いていたのとずいぶん違うぞ、と。奨学金を返すどころの話ではありません(笑)」

計算外だったのは、収入面だけではない。

ウーバーイーツを始める前、青柳さんは配達員のことを「コロナ禍で外出できない人たちに食事を届けるヒーローのような存在」だと思っていた。ところが、人との接触を避けるため、配達物を玄関前に置く「置き配」の習慣が浸透。直接受け取ってくれる人も、ドアを少ししか開けてくれないのでほとんど手しか見えなかった。

「誰に届けているのかわからない虚しさは常に感じていました」

それに当時は「配達員がコロナを運んでいる」と考える人もいて、マンションの住民からエレベーターの同乗を拒否されたことも。虚しさは、いや増すばかりだったという。

もしかして…俺って使い捨て?新報酬体系にも疑問

“システム”の非情さにも振り回された。

よく知られているように、日本ではウーバーイーツの配達員は個人事業主扱い。「ウバッグ」と呼ばれる配達バッグ(数千円)の購入も自費なら、配達中に故障したスマホや自転車の修理代も全て自分持ちだ。「便利に使い捨てられている」「働いているんだけど、働かされている」。待機場所のコツなどもわかり、少しずつ仕事のペースを掴む一方、トラブルに見舞われるたびにそんな思いにとらわれたという。

加えてウーバーイーツは今春、新報酬体系を導入。青柳さんは「それまでは受け取り料金や配送距離といった報酬の内訳が書かれていたのですが、新体系になって『配達調整金』という名目で完全にブラックボックス化してしまいました。自分がどういう理屈で稼いだのかわからなくなったんです」と問題点を指摘する。

「新体系は始まったばかりだから、東京なんかでは以前より受け取る額が多いこともあります。しかし、ウーバー側が自由に報酬を変えることができるこの仕組みは絶対に良くない。僕も以前は『新しい形の仕事』だと魅力を感じていましたが、システムとして全く健全ではありません。こういう働き方が、ある種の人たちのセーフティーネットとして機能しているのは認めるとしても、そこはきちんと批判しなければいけないと思います」

脱・受け身!ウーバーイーツを「掌握」せよ

およそ2カ月にわたる配達員生活を描いた映画「東京自転車節」の終盤、受け身のままでは何も変わらないと考えた青柳さんは、3日間で70件の配達をこなすと追加報酬が得られる「クエスト」に挑む。

「ウーバーイーツというシステムを掌握したいと思いました。一番しんどい条件をクリアすることで、このシステムに勝ったことになるんじゃないか。使われているんじゃなくて俺の方が使っているんだという気分になれるんじゃないか、と自分に言い聞かせて。ゲームでラスボスを倒すみたいな感覚ですね」

もちろん「ウーバーイーツに踊らされているだけかもしれない」という自覚はある。

「そんなことはわかっているけど、僕はそこからしか始められない。社会問題も何でもそう。システムに対して積極的に関わっていかないと、自分がこの社会の一員だという実感を持てず、いつまで経っても翻弄され続けるだけのような気がするんです」

コロナ禍や格差、労働問題とテーマは重いが、青柳さんの人懐こいキャラクターのお陰で、全体の印象はどこか軽やかに仕上がっている。「楽しくて、地元の友達とかにも気軽に見てもらえる間口の広い映画にしたかった」と青柳さん。「テーマは複雑ですけど、とにかく面白がってもらえたら嬉しいです」

「東京自転車節」は東京のポレポレ東中野で公開中。大阪の第七藝術劇場で7月24日、名古屋シネマテークで7月31日から。その後も全国の劇場で順次公開予定。

【公式サイト】http://tokyo-jitensya-bushi.com/

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