「諦めたらアカンよ」失踪した心臓病の黒猫、数週間ぶりに奇跡の生還 迷い猫のチラシが結んだ不思議な“縁”

渡辺 晴子 渡辺 晴子

沖縄県のレンタカー店で飼われていた黒猫の熊吉くん(雄、1歳)。今年4月中旬ごろ、突然お店から飛び出して行方不明になりました。

「一刻も早く探し出さないといけない」

熊吉くんは遺伝性心筋症のため、毎日2回の投薬が必要でした。このまま見つからなければ死んでしまうかもしれない。失踪直後、スタッフたちは必死に店の周りを探し回りました。

 スタッフの1人、荒井さんは、熊吉くんがお店からいなくなったときのことをこう振り返ります。

「いつも店の中でゆったりと過ごしていた熊吉。そんな子が、店から飛び出したときは本当に驚きました。これまで一度も飛び出すなんてことはなかったんです。心臓も悪かったのでみんなで心配していました」

いなくなったその日は、探しても見つからず…オーナーをはじめ、お店のスタッフたちにとてもなついていたという熊吉くん。突然の失踪に荒井さんたちも動揺したそうです。何としてでも、熊吉くんを探し出そうと、失踪の翌日「心臓病の猫を探しています!」などと記した熊吉くんの写真入りチラシを50枚ほど作成。お店の周辺の電信柱などに貼り回って熊吉くんの目撃情報がないかを呼び掛けました。

黒猫の失踪から3週間…諦めかけたところに、あるおばあさんが来店

そして4月末、季節外れの台風に襲われた沖縄。荒井さんたちは土砂降りの中で熊吉くんを探し続けましたが、この日も見つからず…とうとう5月に。捜索も難航、半ば諦めかけていました。しかし、ゴールデンウィークを明けた直後、事態は一変したのです。

熊吉くんがいなくなってから3週間を経過していた5月中旬ごろ。荒井さんたちのお店に1人のおばあさんが突然やってきました。「猫見つかったんか?」と尋ねてきたといいます。その人は、3年前の9月、猛烈な巨大台風が沖縄に襲来する数日前に出会い、捨て猫を一緒に保護したおばあさんでした。話しているうちに荒井さんは、ふと草むらの中から猫の鳴き声を頼りに必死に探し続けた記憶がよみがえったそうです。

「あのときのおばあちゃん!」

おばあさんは、熊吉くんを探しているというチラシを見て店を訪れたといいます。

「絶対諦めたらアカンよ、あなたが諦めたら、二度と会えないよ」

そんな叱咤激励の言葉を掛けられ、感激した荒井さん。その場で泣いてしまったそうです。折れかかっていた心を立て直すことができました。

チラシを見た女性から連絡が! スタッフが1.5キロ先の団地に向かった

そんなおばあさんと3年ぶりの再会を果たした翌日。お店に1本の電話が掛かってきました。

「私の住んでいる団地に最近よく来る子に似ていて、今保護しています」

熊吉くんのチラシを見たという女性からでした。その団地は、お店から約1.5キロも離れた場所。荒井さんたちが捜索していたエリアからは外れていました。「熊吉であってほしい」と祈るような気持ちで、荒井さんはすぐに女性の住む団地に向かうと、そこにはかなり痩せこけた熊吉くんが…涙が止まらなかったといいます。

 「熊吉は5月で1歳と1カ月ほど。当時は痩せこけ、首輪を外したら血痕が付いていました。1カ月弱どのように生きていたんだろうと思いましたが、生きて返ってきてくれただけで本当にうれしかったです。すぐに動物病院で診てもらい、心臓の状態もそれほど悪くなっていることはなく、獣医師さんも『すごい生命力だね』と驚いていました。

 保護してくださった方は、普段は出掛けない私たちの店のエリアにたまたま用事があって足を運んだ際に熊吉のチラシを見たとのこと。帰宅されて、お子さんにチラシを写した画像を見せながら団地に来ている子にそっくりではないかと話して、店に電話を入れてくれたそうです。その方がチラシを見てくださらなかったら、熊吉は見つかりませんでした。本当に奇跡です」

チラシに「見つかりました!…」と書いて回ったおばあさん 今も残る“ゆいまーる精神”

そこで、熊吉くんが発見されたことを、荒井さんから報告を受けたおばあさん。泣きながら喜ぶとともに、電柱などに貼ってあった50枚ほどのチラシに「見つかりました!ありがとうございます」と、マジックで書いて回ってくれたといいます。その3日後、荒井さんがチラシを回収に行ったところ、「見つかった」というおばあさんの書いたメッセージを受けて、チラシには「よかったです!」「生きていますか?」などと何件もの書込みがありました。そんな1つ1つの書込みを目にして、驚きつつも感動したという荒井さん。

 「おばあちゃんが私たちのために熊吉が見つかったメッセージを書いて回ってくれたこと、そして顔も名前もわからない方々からの温かいメッセージを見て、また、涙が溢れました。コロナなど暗いニュースが多い昨今ですが、他人の飼い猫が見つかったことを喜んでくださる方々がたくさんいたことをうれしく思うとともに、世の中、捨てたもんじゃないなと。沖縄に根付いたお互いに助け合うという『ゆいまーる精神』が身に染みました」

 多くの人から心配され、戻ってきたことを喜んでもらえた熊吉くん。今、荒井さんたちと一緒にお店に来るお客さんたちを元気に出迎えているそうです。

レンタカー店に7匹の保護猫 お客さんたちを出迎える

荒井さんが働く沖縄のレンタカー店。3年前の2018年9月、巨大台風が襲来する数日前、お店の横に生える茂みから飛び出し、オーナーの足元にすり寄ってきた猫を保護してから、野良猫を保護し飼うようになったとのこと。現在、店内には7匹の猫がいます。

茂みから現われた猫は、茂美ちゃん(雌、推定3歳)です。茂美ちゃんの妹の子どもが熊吉くん。兄妹のシマちゃん(雌、享年11カ月)としらたまちゃん(雌、1歳)2匹とともに、店にやってきました。茂美ちゃんの妹である親猫は保護できず、生まれた熊吉くんたち3匹を荒井さんたちが保護したそうです。

しかし、シマちゃんは今年2月、ソファーの糸を誤飲して死にしました。そのシマちゃんを火葬した日、夜道に現われたのがナナオくん(雄、1歳)。シマちゃんにそっくりな猫で、お店に迎え入れることになりました。

このほか、道路に横たわっているところをオーナーが保護した心臓の奇形があるフックちゃん(雌、推定2歳)、保護時に両目から膿が出ていたヘレンくん(雄、推定1歳)、熊吉くんが発見された日に枯葉から保護された子猫・九太郎くん(雄、生後60日前後)たちがいます。

そんな捨てられたり、さまよっていたりした猫たちの居場所となったのが、このレンタカー店。猫好きのお客さんが多く訪れるといいます。

最近、あるリピーターのお客さんが1年ぶりにお店を尋ねてきたとのこと。1年前に撮った熊吉くんたちの写真を見せながら「この子たち元気にしていますか? 会いに来ました」と笑顔で話し掛けてきたそうです。

 猫たちが結んでくれたたくさんの縁…荒井さんは「全てのご縁を大切にしながら、これからも不幸な猫たちをできる限り助けていきたいと思います」と話してくれました。

   ◇   ◇

 ※ゆいまーる:沖縄の方言。「助け合う」「共同作業」「一緒に頑張ろう」などの意味があり、ともに栄えようという思いを込めた、他者へ呼び掛ける言葉。

 ▽熊吉くんたちのお店「沖縄プレミアムレンタカー」
住所:那覇市字小禄213番地 電話:098-858-0003

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