よりによって日本一の「海老名SA」で脱走した猫…必死の捜索の末に起こった奇跡のような話

木村 遼 木村 遼

 関西出身の学生が大学卒業を前に、下宿先の千葉県勝浦市を離れることになった。困ったのは懐いていた野良猫の存在。実家で飼ってもらうことになったが、帰省途中に立ち寄ったサービスエリアでまさかの脱走。あろうことか、そこは日本一の利用者数を誇る海老名SAだった。

 2019年の年末、勝浦市で暮らしていた大学生の森本康太郎さんは卒業を控え、世話をしていた野良猫の「トラ」を実家に連れて帰ることにした。学生マンションの友人とその父親が途中まで車に乗せてくれるという。友人の地元は名古屋。そこからは母の迎えの車で大阪に帰る計画を立てた。

 トラは下宿の隣にあるデイサービスの職員が里親探しをしている中の1匹だった。帰省当日、トラに餌をあげている時にそっと抱っこして、猫用キャリーバッグへ移し、引っ越しが始まった。トラは過去に避妊手術でキャリーバッグに入ったことがあり、嫌な思い出があったのか車の中でずっと鳴いていた。

 一行はトラのストレスも考え、しばらく走ると休憩を兼ねてサービスエリアに寄ることに。これが思わぬ展開を生んでしまった。キャリーバッグから出そうと扉を開けるとトラは急に飛び出し、SAの茂みに一直線で走り去ってしまったのだ。

 慌てて追い掛けたが、時すでに遅し。よりによって見失った場所は日本一の利用者数を誇る「海老名SA」。その後、敷地の茂みなどを懸命に捜索したが、3時間経っても手がかりはなく、どっぷりと日が暮れた。

 友人の車を見送った森本さんはその場に残り、捜索を続けた。名古屋で待機していた森本さんの母も慌てて海老名SAへ駆けつけた。到着したのは夜10時ごろ。そのときの様子を母親は「スーツ姿にゲッソリとした表情をした息子の姿が何とも言えず辛かった」と振り返る。

 深夜になると数匹の猫が現れた。「トラか!」と勇んで近寄って懐中電灯を照らしたが、別の猫だった。体もクタクタになり、一度車中で仮眠をとって、また早朝から捜索を開始した。昼を迎えたところで残念ながら一時中断。SAの従業員に状況を説明し、見かけた時は連絡をもらえるようにお願いしてその場を後にした。

 大阪の実家に帰ると、迷い猫のチラシを作り、脱走した海老名SA近辺の地図を見て、商業施設など人目が付く場所に貼ることを考えた。気が付けば年が明けて2020年になっていた。

 森本さんは新年早々「やることをやらないとトラを諦められない」と電車で海老名SAへ。ビジネスホテルに泊まり、1泊2日で捜索を開始した。実家では母がネットから迷い猫サイトへ投稿。トラを探すためにツイッターで呼びかけをしてくれたが「何でそんな場所で脱走させたんだ」といった非情なコメントが寄せられた。

 しかし、投稿から数日後、母が迷い猫サイトを確認すると2人からメッセージが届いていた。1つは「ツイッターでこの子に似た写真を見ました」という内容だった。リンクが貼られており、サイトで確認をした。写真は夜撮影したものだったが、母は「トラに間違いない!」と確信。トラがいなくなってから2週間後のことだった。

 もう1件は「保護しています」という内容。トラの写真を送ると「この子で間違いない」と返信が届き、電話で連絡を取り合った。保護したのは関東在住の女性2人。夜中に海老名SAのバイク置き場で男性に向かって人懐っこそうに鳴いている1匹の猫を発見したそうだ。

 運がいいことに2人ともペットセーバーで大の猫好き。猫の行動が気になり、迷い猫サイトの投稿を見て、飼い主がいることを知ったという。

 森本さんはこの話を聞いてピンときた。そう言えば、バイクで下宿先のマンションに帰宅すると、エンジン音を聞いてトラはいつも現れた。脱走した後もトラは健気に森本さんを探していたのだろう。

 その後、トラは女性の家で1週間ほど過ごし、車で大阪へ。女性に抱えられたトラは立派なケージに入り、中には奇麗な毛布が用意されていた。移動中もおとなしかったといい、さぞかし快適なドライブだったのだろう。

 森本さんは久しぶりに再会したトラに「つらい思いさせたな。良かったー!」と抱き着こうとしたが、トラは体を振り払って部屋へ走り、隠れてしまった。感動の再会とはいかなかったが、トラは優しい人たちによって救われた。

 森本さんはしばらく実家にいる時間をつくり、トラとの生活を楽しんだ。トラは顔がふくよかで「福を呼んでくれる女の子」ということから、母と話し合って「福」に改名した。

 その後、森本さんの実家では「金太郎」という保護猫を迎え入れたため、福には弟ができた。2匹並んで網戸越しによく外を眺めているという。お互い舐め合いはしないが、仲良くしているそうだ。

 現在、森本さんは関東で1人暮らし。保護猫活動にも力を入れている。ほぼ毎日ビデオ電話で福と金太郎の様子を見ており、森本さんの声が聞こえると、福は反応して近寄って来るそうだ。

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