「わしはばかじゃけんね」無力感に苛まれた僧侶の元戦場カメラマン 人生を変えた故・中村哲さんとの出会いと今

天草 愛理 天草 愛理

 京都市左京区の住宅街の一角に、おとぎ話から飛び出してきたような白い建物がたたずむ。看板には「絵本屋 きんだあらんど」とある。経営するのは、僧侶で元戦場カメラマンの男性。1年半前に凶弾に倒れた医師の故中村哲さんと、アフガニスタンで井戸や水路を整備したこともあるという。そんな異色の経歴を持つ男性が、絵本店主に転身したきっかけとは―。

 蓮岡修さん(48)。島根県の寺の三男として生まれ、子どものころから仏教への関心をはぐくんだ。大谷大(京都市北区)に進学したが、釈迦(しゃか)の教えが成り立つ背景になった戦乱や飢餓を知りたいと、2年生だった1992年、戦場カメラマンとしてアフガニスタンに渡った。

 当時のアフガニスタンは、ナジブラ政権が失脚した後、反政府ゲリラ各派が主導権をめぐって激戦を続けていた。ゲリラに同行して戦闘を目の当たりにした蓮岡さんは、宗教への興味から紛争地に足を踏み入れた自分を恥じた。「死と隣り合わせで生きている人たちへの侮辱だった。紛争地に身を置くことで理解できるほど、宗教は生やさしいものではないと思った」

 3度目にアフガニスタンを訪れた際、中村さんに出会った。難民キャンプの取材からの帰り、無力感に打ちのめされながら立ち寄った小さな病院で、中村さんは淡々と治療にあたっていた。蓮岡さんが「何のためにこんなことをやっているんですか」とかみつくと、中村さんはたばこをふかしながら「わしはばかじゃけんね」と答えたという。

 25歳のとき、中村さんに誘われ、中村さんが現地代表を務めたNGO「ペシャワール会」のメンバーとなった。それ以来、計4年間、アフガニスタンで井戸掘りなどに携わった。

 30歳ごろ、アフガニスタンの戦争孤児たちが日本の絵本を夢中で読む姿を見かけた。彼らの手にあったのは「せかいいちうつくしいぼくの村」。アフガニスタンの小さな村を舞台に、平和の尊さや戦争の悲惨さを描いた物語だ。「日本語で書かれているのに、彼らは内容を理解していた。彼らにとって大切なことが書いてあったんだろう」。絵本が持つ力に魅了された。

 2008年、縁あって閉店していた絵本店を引き継いだ。扱う書籍は全て、蓮岡さんが選ぶ。ありのままの自分を肯定されることが仏教の救いであるように「子どもたちに『あなたはそのままで素晴らしい存在だ』と言ってあげられる絵本」を届けたいという。

 「絵本屋は私にとってお寺。世の中が乱れようと、変わらないものを提供する。絵本によって救われる命があると信じている」

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 6月12~27日の金、土、日曜、店舗1階で「せかいいちうつくしいぼくの村」作者の小林豊さんの原画約20点を展示する。午前10時~午後5時。無料。初日の午後1時~2時半は、蓮岡さんがアフガニスタンの文化や中村さんの思い出などを語るお話会もある。店内の本を1冊、購入すると参加できる。

 蓮岡さんは「何げない平和を描いた絵を見て、人とのつながりの温かみを思い出してほしい。アフガニスタンに関心を深めるきっかけにもなれば」と語る。

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