口腔崩壊に「小顔のため抜歯」、セクハラ…漫画「歯の亡霊が見える歯科医の話」が深い 描き続ける歯科医の思い

広畑 千春 広畑 千春

 もしも、抜いた歯の亡霊と話ができる歯医者さんがいたら…?

 突拍子もない考えですが、そんな設定でTwitterに投稿されている漫画があります。作者は現役の歯科医。治療で垣間見える社会問題に、あるあるな困りごと、そして患者の人生…。「私たちは歯ではなく、人を相手にしているんだ、ということを表現したかった」と話します。

1本の歯から見える「人生」

 神奈川県で歯科医院を経営する笠間慎太郎さん。Twitterでは超リアルな空き箱工作や子どものおもちゃ作りなどで話題を呼び、歯科医のあるあるを味のあるイラストで紹介してきました。

 その笠間さんが、漫画を描こうと思ったのは、近くて遠い「できれば行きたくない」と敬遠されすらする歯科医師や歯科医院を少しでも身近な存在にしたい―と思ったから。物語は、俳優の吉田鋼太郎さん似のシブい歯科医「海老名幸太郎」が経営する歯科医院が舞台。辛い過去を抱え奥歯をかみしめ生きてきたおばあさん、「小顔になりたい」と親知らずを抜歯したがる女子高校生、食べるのが好きなあまり歯医者も「常連さん」になってしまったラッパー…と様々な患者が訪れ、幸太郎はその抜いた歯からそれぞれの人生や思いを聞くのです。

 5月には第6話の「虐待」を公開。近年、適切な治療を受けさせず放置した「口腔崩壊」が社会問題化していますが、患者の子どもはキレイな歯が一本もなく、首筋にはあざがあり失敗を極度に恐れるなど不審な点が。幸太郎は子どもの歯と向き合い、言葉にできなかった境遇を聞き、悩みに悩んだ末に受話器を取ります。

「その時、何ができる」常に葛藤抱え

 「私たち歯科医は、多くの歯に虫歯が見られ、さらに歯科治療を長期に渡って放置されているお子さんはネグレクトを含む児童虐待の可能性を考慮すべき―という教育を受けています。これは歯科検診でも重要なチェック事項であり、早期に虐待を発見し、その後起こり得る重篤な事件事故を防ぐ目的も我々は担っているということに他なりません。父になり、子どもの様子により敏感になりましたし、何とか救いたいと強く思うようになった」と笠間さん。

 実際に虐待が疑われる子どもに遭遇したことはありませんが、「通報の義務は法律で決まっています。でも気づいたとしても果たして通報できるのか。その葛藤は歯科医師も同じです。アクションを起こさなければ状況は変化しないはずですが、通報で失われる命もよくニュースなどで耳にすることもありますので…」と吐露します。

 実は、このテーマが一番最初に思い付いたもの。妻に話すと涙を流して「ぜひ描いて」と背中を押され、登場人物の性格や人間関係などを少しずつ構成していきました。

 漫画ではほかにも、お口の掃除をする際に歯科衛生士に頭を胸に押し付けセクハラをしようとするオジサンや、いわれのないクレーマーも登場。今後は、心の病、海外の歯科事情、白い巨塔的な話、幸太郎の娘なども登場する予定です。「独りよがりにならないよう、複数で原作を作ったり、制作後にチェックをしたりしています」といい、「笑あり、涙あり、サスペンスあり、私が歯科医師人生で培ってきたさまざまな息苦しさや、幸福感などを全力でアウトプットして歯科の魅力をお伝えできたらと考えています」と話してくれました。

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