昨年末に火災で全焼し、休業を余儀なくされた都内の名物定食店の再建を目指す支援活動が年明けから2カ月以上に渡ってSNSなどで繰り広げられてきたが、再建は困難と判断され、創業50周年の節目に「断腸の思いで閉店します」との報告が24日夜、経営者夫妻の手書きメッセージと共にツイッターで発表された。
1971年9月12日に東京・高円寺でオープンした洋食系定食店「グルメハウス 薔薇(ローズ)亭」。料理人のマスター・嘉村正氏(かむら・まさし)さん、頭に付けたカチューシャとカラフルな衣装でテレビ番組でも紹介され、地元を歩いていると声を掛けられるほどの看板ママだった嘉村千種(ちぐさ)さん夫妻が切り盛りしてきたが、半世紀のメモリアルイヤーの幕開けを前に災難が降りかかった。
2020年12月28日未明に出火。店から徒歩約10分の自宅にいた千種さんは一報の電話を受けて「腰が抜けた」という。現場に駆け付けると、店の周囲には規制線が張られ、煙と臭いが立ち込めていた。千種さんは当サイトの取材に「頭は真っ白。消火後、空が明るくなって、駅に向かう出勤の人たちの中、私は立ちすくんだまま、焼けた店を呆然とながめなら、心の奥から『このままじゃ終われない。絶対、終わりたくない』という気持ちが沸き上がってきた」と振り返る。
「私は脱サラです」という正氏さんは、大企業に勤めながら、夜は華道の講師も務め、埼玉県にあった千種さんの実家の店で料理修業。「都内の不動産屋を回って革靴を3足すり減らした」末、高円寺駅近くの現在地で開店した。店名は「情熱、真心、信愛」という花言葉から薔薇亭に。読みは洋食なので「ローズ」とした。
「ランチは学生のお客さんが店に入りきれなくて、時間をずらして並んでもらった」と懐かしむ正氏さん。千種さんは「私たちには子どもがいないから、来てくれる皆さんが私たちの子どもなの。『学生さんはお腹一杯食べて勉強して、サラリーマンはおいしい物を腹一杯食べて、その分、腹一杯仕事しろよ』って言ってきました」。夫妻がこだわったのが店名を記したネオンの看板。千種さんは「オープンからつけていたの。私たちにとって半世紀のシンボルです。火事でネオンがその場所から消えた時、私は身を切られたようにつらく、何とも言えない気持ちで体が震えて、泣きました」と涙を流した。
正氏さんは3月1日で80歳になった。千種さんは今年10月で79歳になる。年齢的なことだけでなく、街自体が都内の人気スポットとなって家賃が高騰し、コロナ禍で飲食店が厳しい状況の中、クラウドファンディングも検討されたが、現実は厳しかった。
正氏さんは「別の場所になるにしても自宅近くでやりたい」と物件を探して連日、街を歩いた。千種さんは「私たちは若くない。刻一刻と時間は迫っている。高円寺という場所は物件が空いたと聞いた時はもうないんです。建物が立つ前にもう店舗が決まっている」と頭を悩ませた。
1月3日から2週間、支援者が店舗前に置いたホワイトボード2枚に復活を願う声が書き込まれ、その後もSNSを駆使して再建プロジェクトを展開してきたが、新店舗の立ち上げは断念。夫妻で健康を最優先する生活を送ることにした。
正氏さんは「これから油絵をやってみたい」。千種さんも「マスターが辞めると決めたのなら私も賛成」。メンバーの1人で学生時代から36年間も長男のように接してきた「若松」さんは「(支援グループ内で)意見が分かれることもありましたが、何より、マスターが『これで終わりにする』と決意されたことを尊重しました」と語る。
ホワイトボードやSNSの声に対し、夫妻は「毎日、手を合わせた」と明かす。閉店告知のツイートでは「50年間、回り続けた歯車は一瞬で止まってしまった」「もう一度、皆様の『いただきます』『ご馳走さま』のお声を聞きたかった」と無念の思いを吐露しつつ、「『ありがとう』の気持ちで一杯です。これからは前向きに穏やかで楽しい余生を送りたいと思っております」と感謝を込めた。