「店での手続きを案内したところ、コロナなのに店に行けってか!とキレた」(コールセンター)「『マスクをしていない他の客を追い出せ』と言われた」(生保)―。新型コロナウイルスの感染拡大以降、中高年男性からのカスタマーハラスメント(カスハラ)の一端が関西大学社会学部の池内裕美教授(社会心理学)の調査で分かった。22%が「(カスハラ行為が)増えた」と答え、「中高年男性からの苦情の増加」も浮かび上がった。
客が理不尽な要求を店に突き付けるカスハラは、暴言や脅し、セクハラを伴うと、より悪質になる。「お客さま第一」「おもてなし」といった消費文化が背景とみられ、現場で解決できる範囲を超え、ストレスで精神疾患になる従業員も。法整備を求める意見が出ている。
調査は11月下旬、ウェブ上で実施した。直接・間接問わず客にかかわる仕事に正社員として従事する20~70代の男女300人が回答。カスハラ行為の増減については、「減った」「やや減った」は合わせて計23・3%で、「増えた」「やや増えた」(計21・7%)を上回った。39・3%が「以前と変わらない」だった。
カスハラ行為をした顧客の年代性別などをみると、「中年男性が増えた」「高齢男性が増えた」「中年女性が増えた」が上位だった。行為の内容をみると、「些細なことで激高する人が増えた」「感情的な苦情が増えた」「無理難題な苦情が増えた」が多かった。
「博学を自慢する人は以前からいたが、品が悪くなった」(建設)▽「検温の協力やマスクのお願いをしても無視される」(運輸・航空)▽「入院中や処置中はマスクの装着を伝えても、『コロナになっても構わない』『マスクが息苦しい』と拒否された」(医療)▽「マスクをしていて、飛沫防止板もあるため『声が聞こえづらい』と怒鳴られた」(行政)▽「『個室に優先して入れろ』と言われた」(医療・福祉)などの事例があった。調査結果について、池内教授に尋ねた。
―「減った」が上回っていますが、極端なモラルハザードはなかったのでしょうか。
「モラルハザードは起きています。数値に現れなかった理由としては、(1)既にカスハラ行為は新型コロナウイルスの感染拡大以前から増えているので、「変わらない」(変わらず多い)と答えた人が比較的多かった。(2)従業員がクレーム自体に慣れてきている。あるいはストレスのあまり、自分の感情を自覚できない失感情症や感情鈍磨の状態に陥っている可能性がある(3)店舗営業時間の短縮や外出自粛要請などが強いられたことで、従業員の勤務時間自体が制限され、クレーマーに遭遇する機会が減った―3点が考えられます」
―悪質クレームの根っこはコロナ禍のストレス、でしょうか。
「日本はそもそも顧客第一主義で、おもてなしを美徳とする風潮があるため、消費者は過剰サービスによる過剰期待を抱きやすい面があります。コロナ禍では、自粛や行動制限などから不安や孤独に陥り、常にイライラして怒りの沸点が低下している状態にあるといえます。商品が自由に手に入らなかったり、店頭で新たな行動様式が求められたりすると、一つ一つは些細でも不満につながり、怒りとなって目の前の従業員に向けられるわけです。最近は会計時に生じるハラスメントを指す『レジハラ』という言葉などもあり、特に感情のコントロールが難しいとされる高齢者に比較的多いとされています。怒りの矛先が別方向に向けられたのが、マスク警察や自粛警察といえるでしょう」
―中高年男性、中年女性に多いという結果から何が読み取れますか。
「コロナ禍で求められる新しい行動様式などに適応できない不満に加え、従来の価値観への固執、感染そのものへの不安感が引き金になっているといえます。特に中年男性のカスハラ行為としては、日常的に不満をため込んだ人たちが、たまたま利用した店舗で自分の意図に反する場面に出くわし、不満やイライラを爆発させている可能性が考えられます。職場での立場を失っただけならまだしも、中には仕事自体を失ってしまった人もいます。自分自身の主張を従業員に強いることで、失いつつある存在意義やアイデンティティを確認しているともいえます」
―カスハラの被害にあいやすい職種の人たちの支援について、何が必要でしょうか。
「政府に法整備などを求める動きがあります。一方で、企業はそうした制度が機能するような組織体制を構築する必要があります。仮に法律ができても、従業員が立場の悪化を懸念して申告を控え、問題が表面化しない状況になってしまっては、支援以前の問題といえます」
客の心理的変化は4区分
苦情対応にあたる人が、知っておきたい基礎的な知識やポイントをまとめた。池内教授によると、客の心理的な変化は4区分され、それに応じた対応があるという。対応にかかる時間は10分程度、長くても30分程度を想定している。
(1)傾聴時=怒りや興奮の度合いが大きい相手に共感し話を聞く。謝罪する場合は、事実確認を終えるまでは、不快なこと思いをさせたことに対する限定的な謝罪にとどめる。この段階では推察や弁解、言い訳は控える。
(2)手続時=相手が少し冷静さを取り戻した段階で、クローズ質問(はい、いいえで答えられる質問)とオープン質問(5W1Hなどに基づき、相手の言葉がで答えてもらう質問)を組み合わせ、真意を探る。
(3)提案時=交換や返金などの具体策を提案する。解決策や代替策の提示が難しい場合は、できるだけ早い段階で断ることが重要。
(4)終結時=情報提供に謝意を伝えて終了
言葉遣いや接遇態度、提案内容によっては、当初は商品やサービスに向けられた苦情が対応者を非難する「2次苦情」や「人クレーム」に発展する可能性もある。2次苦情に発展した場合、長期化を覚悟し、個人ではなく組織的対応に切り替えた方が有効という。
思い込みによる苦情の場合は、最初から否定するのではなく、まずは傾聴の姿勢を。その上で解決が必要な場合は「一緒に考えましょう」などと安心感をもたらず言葉を伝えることで、苦情の根底にある不安を取り除くことができる。感情の高ぶりを正当な説明で鎮めようとしても逆効果という。
一方、苦情内容があまりに理不尽で要求に対応できない場合は、「この件はこれでご理解ください」と拒絶し続け、脅しや不当要求に対しては、「ご理解いただけず残念です」と対応を打ち切る「グッバイ・マネジメント」という手法もある。それでもなお関係解消が難しい時は、弁護士に相談するなどの法的解決も視野に入れる必要がある。
池内教授は「近年は、従業員の満足度やモチベーションを高める『インターナル・マーケティング』が注目されています。対応する従業員が孤立しないサポート体制とスキルの向上、苦情やトラブルが生じた際、対応した従業員が相談しやすく、不利にならない組織風土が求められます。『苦情対応は本来業務のついで』と軽視している企業や団体は考え直してほしい」と話している。