人間界では男性の育児参加が叫ばれて久しいですが、自然界にはオスが子育てする動物たちもたくさんいます。「幸せのシンボル」ともいわれるタツノオトシゴの仲間もその一つ。三重県の鳥羽水族館ではこのほど、メスが卵をオスに受け渡す、珍しい瞬間が撮影されました。ハート型に絡み合い、むつみ合う2匹の間には金色に光る小さな卵が。なんとも美しい、神秘的な光景です。
鳥羽水族館では、タツノオトシゴ属4種9匹(タツノオトシゴ1匹、サンゴタツ6匹、オオウミウマ1匹、ハナタツ1匹)を飼育。今回卵を託す写真が撮られたのはサンゴタツで、体長約8㎝で吻が短いのが特徴です。日本近海でも内湾のアマモが生い茂る砂地に広く生息し、同館にいる個体も地元・三重の海からやってきたそうです。
今月18日にその光景を撮影し、公式ツイッターやブログに「今年の運をほとんど使ってしまった気がします」とつぶやいた「ろっきー」こと、担当飼育員の内山広貴さん(22)に聞きました。
―素敵な写真ですね!
「ありがとうございます!この日、ちょうど水槽にふらっと寄ってみたら、ペアが絡み合う感じだったので、そのまま見回りを続けていたら…!ネットや本では見たことがあったのですが、実際の姿を見たのは初めてで、『おお…』と、もう言葉にならなくて必死にシャッターを押していました。胸一杯に幸せと感動があふれて、カメラのフォルダはブレブレの写真であふれました」
―メスがオスに卵を渡している、と。
「ええ。タツノオトシゴの仲間は、オスの腹部に『育児のう』という袋があり、そこにメスが輸卵管を付けて卵を産み付け、育児のうの中で受精し、“出産”までオスが育てます。だから『オスが妊娠した』とも言われますね。種類によっては何回かに分け産卵するものもいますが、このペアはこれが初めてで、これきりだと思います。もう卵が育児のうからあふれ出ていますから(笑)」
―なかなか見られない光景だそうですね。
「これまでサンゴタツの繁殖自体は何度も成功していますが、卵の受け渡しを観察できたのは初めてです。僕は2年目ですが、20年、30年務めているベテランの飼育員も驚いていました。四六時中、眺めていたら見られるとは思うんですが、遭遇するのは珍しいと思います」
―オスが“出産”した後は、どうしているんですか?
「サンゴタツは、多い時は半年で2回出産することもあります。生まれた子どもたちは回収してバックヤードで育てるんですが…例えば50匹ほど生まれても成体と同じぐらいの大きさになるまで成長できるのは2匹ぐらいです。きっと育児のうの中で死んでいる個体もいるでしょうから、実際の割合はもっと少ないでしょうね」
―50分の2…。厳しい世界ですね。
「成長過程には、まだ分からないことも多いんです。一番難しいのは餌の確保ですかね。子どもたちは生まれてすぐからタツノオトシゴらしい格好をしているんですが、やっぱり口が小さくて、餌になるイサザアミ(アミエビの仲間)をちゃんと食べられるまで育つには大変で…」
―この写真を見られた方に、一言お願いします。
「この不思議な生物の不思議な生態に、興味を持ってもらえたら嬉しいですし、何より今はネットで何でも情報が得られる時代ですが、やっぱり自分の目で見るのは感動です。画像よりすごい。コロナ等でなかなかお出かけも大変ですが、ぜひ水族館に来て、そんな喜びを多くの方に感じてもらえたらな、と思います」