高所で恐れる様子もなくひょいひょいと鉄骨を組み上げるとび職人、ふんどし一つで汗と泥にまみれながら土を掘る男たち…。戦前・戦後のビルや地下鉄ができるまでの工事の様子を記録した貴重映像が、京阪電車なにわ橋駅構内にあるアートエリアB1(大阪市北区)で公開されている。日頃、何気なく利用している都市の人工物。その陰には人々の労苦と歓喜があった。これを見れば、ありふれた街の光景がちょっと違って見えてくるだろう。
展示企画「ビルダーズ:工事記録にみる都市再考」で公開されている映像は四つ。会場には壁のスクリーンにそれぞれ映像が繰り返し上映されている。画面の前に設けられているいすに座り、ヘッドホンを付けて見ることができる。
職人の所作に驚くのは、戦前の映像「大阪瓦斯ビルディング 建設の記録」(1933年、40分、大林組所蔵)だ。御堂筋に面して建ち、現在は国の登録有形文化財に指定されている大阪ガス本社ビルの工事は、約3年で延べ18万人近くを動員した一大事業だったという。映像には、遠くから投げられた高熱のねじを空中で受け取る工事作業者の姿も捉えられている。
京阪電鉄の「鉄路と汗」(63年、49分)もすごい。天満橋駅から淀屋橋駅間の3年にわたる地下工事記録で、スコップで掘削する作業員の汗のにおいが伝わってくるような迫力に満ちている。交通量の多い地上の天神橋通への影響を最小限に抑える工夫をした仕組みも図解などで説明される。地下だけでなく、天満橋周辺のオフィス街や街行く人々の様子も映っていて興味深い。
ほかにも、中之島にあった朝日ビルディングのオフィスビルの工事を捉えた「新朝日ビル誕生」(58年、30分、竹中工務店所蔵)と、33年に開業した大阪市営地下鉄など大阪の観光周遊コースを伝える「大大阪観光」(37年、29分、大阪市所蔵)も上映している。
それにしても、なぜ今こうした工事記録映像を公開したのだろうか。
「建物自体があまり残っていないので忘れられている」。展示にあわせて行われたトークイベント「都市の記憶 建築アーカイブをめぐって」で近畿大の高岡伸一准教授は語った。
戦前に建てられた近代建築が近年注目を集める一方で、戦後から高度経済成長期にかけて造られたビルや都市整備については、昨今の再開発の波もあって解体される例が多いこともあり、あまり目を向けられていないようだ。「だからこそ関係資料を保存して受け継いでいくことが重要になる」。高岡准教授はゼネコンの倉庫に残る映像をその建物で上映する活動に取り組んでいるという。
建設時の資料は散逸や処分で消え、昭和の建築都市文化は歴史から抜け落ちる危機にあるという。トークイベントで京都大総合博物館の齋藤歩特定助教は「設計図面は比較的残されやすいが、工事の指示書などは終了後に廃棄される傾向がある」とし、「建築に関する資料の保存を促進する法整備が必要」と訴えた。
今回の展示企画は、企業や役所の倉庫に眠る貴重な記録を通して、都市の記憶を見つめ直す機会にもなりそうだ。3月22日まで(正午~午後7時、月曜休館)。入場料無料。