チワワのりゅう君はまだ1歳にもならない頃、兵庫・姫路市の住宅地をさまよっているところを保護されました。2016年のゴールデンウイークのことです。ノミ取り用の首輪を着けていたそうですから、誰かに飼われていたのでしょう。でも、警察に迷子の届け出はなく、紆余曲折を経て、今は篠山市に住む満丸美香さんのもとで幸せに暮らしています。
「保護したのは私の姪っ子なんです。警察に届けたら『3日したら保健所に送ることになる』と言われて、私のところに連れて来ました」(満丸さん)
姪御さんが満丸さんを頼ったのには理由があります。それまでに10匹近い犬を飼っていて、中には元保護犬もいたからです。
警察に指示された期間が過ぎるのを待って、満丸さんはインターネットで里親募集を始めました。チワワといえば人気の犬種。しかも1歳未満とあって、問い合わせや、実際に引き取りたいという連絡がたくさんあったそうです。中には「飼い主」を名乗る人まで…。
「東京の人が『旅行中にいなくなった』と。でも、最初からおかしかったんです。なぜ警察に届けなかったのか尋ねると『東京の警視庁に届けた』と言うし、首輪の色を聞くと『赤』と答えるし。違うと言っても食い下がってきましたからね。『コンビニの駐車場で連れて行かれた。その人が首輪を替えたんじゃないか』って。写真を送ってくださいと言ったら連絡が来なくなりました」(満丸さん)
それほどまでに若いチワワを欲しがった理由を、満丸さんは「繁殖に使いたかったのでは」と推察しています。「里親になりたいと言うと、引き取る前に去勢手術をされてしまうかもしれない。でも、飼い主だといえば、そのまま渡してもらえますからね」。
里親募集サイトで繁殖に使えそうな犬を見つけると、こういった“手口”で引き取ろうとする悪徳ブリーダーがいるそうです。また、善人を装い、引き取ってから虐待する人も。保護活動をしている団体や個人が譲渡条件を厳しくし、「家庭訪問」など念には念を入れた審査をしているのは、そんな人たちへの譲渡を防ぐためでもあるのです。
さて、りゅう君はといえば、16年7月に里親さんが決まり、一度は巣立っていきました。ところが…。トライアル期間を終えて正式譲渡の書類を持って行くと、車が嫌いなはずのりゅう君が、満丸さんの車に飛び乗ってきました。まるで「迎えに来てくれた!」と言わんばかりに。
「うちに2か月いたので、同じ期間がたってから里親さんのところへ行ったんです。そうすれば私のことは忘れているだろうし、覚えていたとしても、新しい家族に馴染んでいるだろうと思って。それなのに、りゅうは私の顔を見るなり満面の笑み。向こうのお母さんが『あんな顔は見たことがない』と驚いたほどです」(満丸さん)
心が揺さぶられたに違いありません。でも、満丸さんはりゅう君を車から降ろして帰宅しました。怒ったように吠えるりゅう君を残して…。
その後も何度か様子を見に行きましたが、りゅう君は名前を呼ぶお母さんの前を素通りして、必ず満丸さんのところにやって来ました。そんなりゅう君を抱き上げて、満丸さんは言ったそうです。「あなたはここの家の子になったのよ。もううちの子じゃないのよ」。すると、今度は満丸さんが呼んでも来なくなり、目も合わせなくなってしまいました。
「りゅうが孤独になっている…」。気になりながら、かわいがっているお母さんから引き離すわけにもいかず、連絡を取りつつ約1年がたった頃。お母さんに呼ばれてこたつに入って行くりゅう君を見て、満丸さんは意を決して手紙を書きました。「まだ10年以上生きるのに、こんな風に『つまらない』と思っている状況で過ごさせるのはかわいそう。引き取らせてほしい」と。話し合いの場では、お母さんに泣かれました。それでも納得してもらおうと3時間近く話し合っていたときのこと。お父さんが部屋に入って来て、「犬のことで何時間しゃべってんねん!うちはうちの飼い方するわ!」といきなり怒鳴ったそうです。そのことにも驚きましたが、もっと驚いたのは、満丸さんの腕の中にいたりゅう君が、お父さんが怒鳴る前に唸り声を上げたことでした。
「たぶんお父さんのことが嫌いだったんでしょうね。お父さんなりにかわいがっていたつもりかもしれませんが、りゅうには伝わっていなかった。家の中に唸らないといけない人がいるところに10年も置いておけないので、すぐに連れて帰りました」(満丸さん)
こうして、満丸家の子になったりゅう君。一緒に暮らす犬たちとも仲良くしているようで、回り道をしてしまったけれど、ようやく「我が家」を見つけることができました。