刺身や寿司に欠かせない醤油皿だが、最近、醤油を注ぐと絵柄が浮き出る小皿が話題を集めている。富士山に鯛に桜…と、和食と一緒に日本の情緒も味わえるとあって、国内はもちろん、増加する訪日外国人にも人気を博している。だが、人気の高まりとともに多くの醤油絵商品が発売される中、発案者のデザイナーの悩みは深まっているという。話を聞いた。
その人は、「ファンタステキ」(神奈川県伊勢原市)代表の岩田賢さん。2004年、凹凸のある皿に注がれた醤油が、絵柄や文字となって楽しめる醤油皿を「せともの(瀬戸物)」で知られる愛知県瀬戸市の窯元と共に開発した。
岩田さんは元自動車メーカーのエンジニアで、日本の残すべきモノづくりとデザインを融合させた商品で、日本文化や人の心を豊かにしたいと脱サラ・起業した。
岩田さんによると、醤油専用の皿は昔から無く、千代口(ちょこ)や小皿などを醤油皿として器用に流用してきたが、「つけにくい上、皿自体も楽しめるものではなかった」という。そんな中、魚が5枚おろしにされる不思議な夢を見たという岩田さん。中央の1枚は魚形なのに、両端は楕円形をしており、「醤油溜めにすれば、醤油皿が楽しくなる!」とひらめいたという。
さっそく木片に魚の半身を彫刻し、お茶を注いでみると、想定通りの絵柄が現れ、量によって形も変わった。試作を繰り返し、醤油は細かな溝でも造形次第で流れて絵になることを発見。中濃ソース程度でも楽しめる工夫を重ね、2003年に特許「絵文字形成皿」を出願。瀬戸焼の中でも磁器の造形が得意なメーカーと開発を続け、タイ、マグロ、カニの「FISHシリーズ」3タイプの商品化を実現させた。
白磁ならではの醤油とのコントラストや透光性に加え、醤油の量で絵柄が段階的に変わる物語も楽しめるとあって、すぐに人気に。醤油を垂らすと次第に桜が満開になっていく「桜盆栽」も加え、2008年には商標「醤油絵皿(英名SoyUkiyoE)」を出願し、ブランド化にも注力した。他方、近年の瀬戸焼は生活スタイルの変化などで和食器の需要が減り、職人の高齢化や後継者不足といった問題に直面。醤油絵皿はかつての瀬戸ノベルティの復活としても期待され、伝統工芸を海外に発信する経済産業省の2010年度「JAPANブランド」に採択され、「富士」と「花」も加えた計6タイプのラインアップを整えた。
「こうした醤油絵コンセプトは世界初だった」と振り返る岩田さん。テレビや新聞など多くのメディアで取り上げられる一方、一流料理店で使われていることに配慮し、大手通販サイトには出品せず、各地のイベントを通じて「瀬戸の醤油絵皿」をアピールするなど、地道な取り組みが続いたという。
ところが、2013年ごろから、醤油絵の類似商品が次第に発売されるように。顧客が醤油絵皿と混同したり、あろうことか、特許無効審判を請求されたりしたこともあった。審決には勝訴し、特許を継続できたが「時間と精神力を全て吸い取られるようだった」と岩田さん。更にここ1~2年は中国産の低価格商品も出回り、醤油絵皿の売り上げも昨年初めて前年を割り込んでしまったのだという。
「醤油絵を楽しむ新たな文化を作り出せたのは本望だけれど、アイデア・デザイン・品質を訴求し、15年かけて国内外で認知されてきたブランド価値が低下してしまうとは…本当に、やりきれない。『瀬戸の醤油絵皿』としても、このままではいけない。こうした背景や現状を多くの人に、少しでも知ってもらえたら」と岩田さん。5月には新元号の醤油絵皿「令和・富士」を発売し、「日本を象徴する醤油絵皿の価値を凝縮できた。まずは、それを伝えることから取り組んでいきたい」と話している。
ファンタステキ http://www.fantasuteki.com/
「令和・富士」1枚1500~1700円程度(税別)