ロールスクリーンを上げると、そこはゴキブリ部屋だった。
ごきぶりホイホイやアースジェット、ゴキジェットプロなど、数々の虫ケア用品で知られるアース製薬。現在の本社は東京にあるが、発祥の地である兵庫県赤穂市には今も、生産工場と研究所を構える。そしてここには、ゴキブリや蚊、ダニなど110種もの害虫を育てる生物飼育室があるのは、地元ではよく知られた話。同社の名物社員、有吉立さんの著書「きらいになれない害虫図鑑」によると、ここには23種、総計100万匹のゴキブリがいるという。どうです、わくわくしてきたでしょう?
同社は赤穂市に2つの工場を有している。ひょんなことから、丸一日かけて見学させてもらえることになった。まずはJR播州赤穂駅から車で10分ほどの海沿いにある坂越工場へ。外壁に巨大なアースジェットの絵が描かれている以外は、害虫の「が」の字も感じられない清潔な佇まいである。が、いざ研究棟に足を踏み入れると、のっけから白い壁を這い回るようにデザインされた“ヤツ”のイラスト。あんなヤツでも、ちょっとオシャレに見えてしまうのがデザインの恐ろしいところだ。
残念ながら、この日は有吉さんはお休みだったので、代わりに若手の亀井勝成さんが案内してくれた。ちなみにここは、地元の子どもたちや取引先の関係者らの見学を積極的に受け入れていることもあって、「見学コース」的なものがほぼ出来上がっている。生きた害虫入りの透明なケースはもちろん、解説パネルや写真、同社の虫ケア用品も展示してあり、さながら動物園か水族館の一角のようでもある。
「子どもたちに喜んでもらえるように、オオクワガタやニジイロクワガタも飼育しているんですよ」などとさっきまでにこやかに話していた亀井さんの足が不意に止まる。背後で閉まるドア。気づけば暗い小部屋に閉じ込められている。目の前にロールスクリーン。その向こうに、何かが蠢く気配がする。すっと巻き上げられるスクリーン。無表情を装いながらも、明らかに私の反応を凝視している亀井さんや同行の社員たち。
はい、出ました。ゴキブリです。
ガラス越しに見える4畳半ほどの部屋に、数えきれないほどのワモンゴキブリがわさわさと蠢いています。床にも壁にもガラスにもびっしり。おおお…。声にならない声を漏らす私の耳を、亀井さんの説明が通り抜けていく。
「50万匹ほど放し飼いにしています」
「ケースで飼うのとは違い、足腰が強くなるんですよ」
「私は週1回、あそこに入って掃除をしています」
「あ、そこに真っ白い個体がいるのがわかりますか?あれは脱皮直後です。ここ以外では滅多に見られませんよ」
「世界には4000~5000種、日本には57種ほどのゴキブリがいます」
「そのうち、家の中に入って来るいわゆる害虫はせいぜい数%に過ぎません」
そ、そうゴキか…。