平成の始めのころ、その筆箱を持っているとクラスのヒーローになれた。マグネットタイプのカバーをパカっと開き、並んでいるボタンを押すと鉛筆や鉛筆削りがピョンっと飛び出す。カバーの絵柄は角度を変えるとキラキラと変わる。授業中もついボタンを押して先生に怒られたり、休み時間に機能を自慢し合ったり。だが平成が終わる今、主流は無地などシンプルなものに。この30年に何が変わったのか。メーカー担当者に開発の裏側をたずねると、それぞれの時代が浮かび上がってきた。
1910年創業の老舗文房具メーカー「クツワ」(本社:大阪市)。商品開発部長の橡尾洋介さん(62)は入社以来、筆箱の開発に携わる。入社当時は、定規入れや消しゴム入れなどが飛び出す筆箱は「多機能型」「ガジェット(仕掛け)型」の全盛期だった。ふたのデザインは、人気のレーシングカーやアニメのキャラクター。合体ロボが大人気だった時代には、消しゴムや鉛筆を入れる部分が外せ、カチャカチャと自由に場所を変えられる筆箱が登場した。さらに両面開き、消しゴム入れつき3面タイプ…と「各社が開発競争に明け暮れ、新商品を出すたびにどんどんふたの数が増えていき、最終的には6面ぐらいになった」。ダイヤル式の鍵付きのものは、授業中に番号を忘れて開けられなくなった子もいたという。
ルービックキューブが流行したときには、パーツが複数あり、映画「トランスフォーマー」のようにいろんな形に変えられるものも。家電で両面開きの冷蔵庫が登場したときには、筆箱も両面開きを開発し、商品名は「どっちからでもスイッチヒッター」。2階建てになるものや、ダイヤルを回すと飛び出る部分が変わるものまで。開発者ですら「もはや、何が何だか分からない」という迷走ぶりだった。それでも「何それ、と眉をひそめるのではなく、面白いと思ってもらえる時代だったのでしょう」と振り返る。