食通の文豪として有名な池波正太郎が、若かりし頃「週刊朝日」の取材で訪れたという「一芳亭本店」。薄焼き卵の皮に包まれ、豚のひき肉と海老のミンチを使ったこぶりなしゅうまいが看板メニューだ。
■薄焼き卵で具材を包むようになったわけ
一般的なしゅうまいは、豚のひき肉と玉ねぎのみじん切りを練り合わせた具材を小麦粉で作った薄皮で包んであるもの。しかし、華風料理「一芳亭本店」のしゅうまいは、薄焼き卵の皮に包まれている。ほんのり卵色に色づいた皮が、見た目にも食欲をそそる。
「うちは創業昭和8年なんですが、戦後間もない頃は小麦粉が手に入らなかったんです。お金を出しても売っていない。そこで初代が思いつき、薄焼き卵で具材を包むようになったんです」と、語るのは三代目の店主、榎文男(えのき・ふみお)さん。
卵を溶いて薄焼き卵にしても皮が硬すぎて破れてしまう。そのため、一芳亭では、溶き卵に片栗粉を混ぜて弾力を出しているそうだ。
「いまは、機械で薄焼き卵を作って、同じ形になるようカットして、具材も機械で包んでいますが、最後に手で包み直して、うちの店独特のまあるい形にしているんです。それは機械ではできません」
■ジューシーなうま味と甘みが広がる具材
薄焼き卵で包まれたしゅうまいの具材は、海老のミンチと豚のひき肉、そして甘みたっぷりの玉ねぎのみじん切りだ。
「昔、本店は岸和田にあったのですが、近くの海で海老がたくさんとれたんです。その海老を細かく刻んで具材に混ぜたのが始まりだと聞いています。いまは、そんなに海老もとれなくなりましたけど」
豚のひき肉だけだと、肉団子のような食感になるが、海老のミンチが入っていると食べごたえはあるが柔らかで、ふんわりしたしゅうまいになる。玉ねぎの自然な甘みがうま味と混ざり合って、ジューシーな味わい。湯気を立てて出てくる、できたてのこぶりなしゅうまいは、次から次へと箸が進む。