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偶然手にした原作小説「彼女・彼らがページの外で動き出しました」 映画『男ともだち』三島有紀子監督 主演の松岡茉優に全幅の信頼 

磯部 正和 磯部 正和

人間の割り切れない感情や生の痛みを繊細に描き続けてきた映画監督・三島有紀子。鋭い人間観察と俳優の生々しい感情を引き出す演出力で国内外から高い評価を得ている三島監督の最新作が、松岡茉優を主演に迎えた映画『男ともだち』だ。主人公の感情の揺らぎをスクリーンに焼き付けた演出の舞台裏や、主演の松岡をはじめとするキャストとの濃密な対話、そして映像作家として決して揺らぐことのない美学について、三島監督が語った。

 活字の行間から解き放たれ、動き出す登場人物たち

 千早茜の同名小説を原作に、フリーランスのイラストレーター・神名(松岡茉優)と、大学時代からの“男ともだち”であるハセオ(成田凌)との、恋愛とも友情ともつかない危うくも切実な関係を描いた映画『男ともだち』。30歳を目前に自分にとっての心地よい居場所を模索する女性の心理を、繊細かつ生々しいタッチで映像化した。本作は、第39回東京国際映画祭のコンペティション部門へ正式出品されるなど、国内外から熱い視線を集めている。

 偶然にも映画化のオファーを受ける前に原作本を手に取っていたという巡り合わせは、単なる巡り合わせを超えた必然性を帯びていた。ページをめくるごとに、胸の奥で登場人物たちが勝手に息づき始めた当時の手応えを、愛おしそうに振り返る。

 「読み進めるうちに色んな光景が浮かび、本を置いた瞬間にも彼女・彼らがページの外で動き出しました。そうやって勝手に歩き始めてしまう小説こそ、映像へと昇華させたくなる原点です。登場人物の人間としての不完全さも含めて眩しい物語だと噛み締めていた矢先に、映画化の声をかけていただき、不思議な巡り合わせに背中を押されたようでした」

 小説という完成された芸術をフィルムへと移し替える際、単なる再現に終わらせるつもりは毛頭なかった。活字の奥に潜む情動を視覚と聴覚の連なりへと翻訳するため、何度も小説と対峙したという。

 「文章で綴られた心情を、具体的な肉体の運動や二者間の間合いとしてどう可視化できるのか。何度も反芻しながら、自分が何に最も心を奪われているのかを掬い取りました。これはなぞり書きではなく、彼らとともに新たな時間の流れを再構築する旅立ちなのだと覚悟を決めたんです」

 物語の軸となったのは、主人公たちが過ごす3つの夜だった。それは机上の理論ではなく、二人の間に流れる空気感を直感的に捉えた結果導き出された構造だった。

 「最初から構成を決め込んでいたわけではありません。手が触れそうで触れない物理的な距離と心の距離や、同じ方向を見つめているのか向き合っているのかといった、具体的な佇まいが頭の中に立ち上がってくる感覚を大切にしながら形づくっていきました」

 計算の高みを超えて、生々しい魂をぶつけ合う

 主人公の神名役に松岡茉優を指名したのは、彼女が宿す圧倒的な表現力と知性への全幅の信頼があったからに他ならない。

 「松岡さんは立ち姿や歩行の仕方一つから役を構築できる表現者だと感じます。表現者が抱える割り切れない孤独や業、小さいころの心の傷を含めて、異性への複雑な距離感を、知的なアプローチで体現してくれるはずだと確信していました。彼女が作品の真ん中に立ってくれることで、全体の強度が間違いなく増すとも考えたんです」

 一方、ハセオ役を務めた成田凌には、過去の共演経験からそのしなやかさと巻き込み力に大きな期待を寄せていた。

 「人間のことを、まるで俯瞰で見守っているように、状況を含めてよく観察し、相手の言葉の裏にあるものまで見つめ続ける役柄でした。以前ご一緒したときに感じた成田さんが持つ現場での柔軟な存在感と、周囲を自然と巻き込んでいく引力こそが、この『男ともだち』=ハセオという存在に命を吹き込んでくれると直感したんです」

 劇中で見せた松岡の芝居は、これまでの洗練された巧緻さを超え、剥き出しの人間味が溢れ出していた。監督は演出として、予定調和を壊すための工夫をキャストごとに凝らしていたと明かす。

 「事前に個別にそれぞれと丁寧に対話し、いざカメラの前に立った瞬間に、二人の繊細な感情の化学反応を撮っていく。ある時はファーストテイクの爆発力を狙い、修羅場のような長い場面では入念に段取りを重ねて微細な心の機微を積み上げました。その空間でしか生まれない生々しさをどう引き出すか、常に神経を研ぎ澄ませていましたが、それはとても豊かな時間でした」

 撮影中、感情が極限まで高まる重要な局面で、主演女優から投げかけられた予期せぬ問いかけが、今も鮮烈に胸に残っている。

 「涙を流す直前『ふたつお願いがあります』と。そのときお答えしたことが道標になったと言ってもらえて、お互いの感覚が深く交わった瞬間として忘れられませんし、しばらくわたしの腕をつかんでから、本番に向かう彼女の後ろ姿も深く胸に刻まれました」

 空間と美術が役者の肉体を導いていく

 演出家として重きを置いているのは、演じ手の内側から湧き出る衝動を信じ、それを迎え入れる環境を整えることだ。そこには「こういうやり方」という決まり切った演出はない。それぞれの俳優に合わせて最大限感情を引き出せるように準備をする。その意味で、言葉で動きを指示するだけではなく、空間そのものに語らせるアプローチを大切にしている。

 「どういうロケーションを選べば役者さんの身体が自然と反応するのかを想定し、美術や小道具のスタッフと周到に仕込みます。こう動いてと指定するよりも、その場所に立てば、空間からおのずと動きが生まれ、そこにある空気を吸い込んだ役者さん自身の身体が見つけ出した仕草のほうが、はるかに生々しい輝きを放つと信じているからです」

 モニターを見つめながら、撮影隊の呼吸までもコントロールする。何気ない自然現象すらも味方につけ、その瞬間だけの真実を追い求めた。

 「風がそよいだり鳥の声が響いたり雪が降ったりした時、筋書きの進行など気にせず、肌で受け止めた感覚をそのまま表に出してほしいと伝えていました。あと、役者さんの気持ちのタイミングみたいなものも含めて、いま回すべきか、それとも待つべきか、その機微を見極めることもわたしが大切にしている役割のひとつでした」

映画館の闇の中で、人間が生きる美しさを捉える

 商業的な要望と自身の作家性との間で引き裂かれることなく、常に自らの人生と映像制作を地続きのものとして捉えてきた。多くの人々が関わる映画製作において、舵取りの基準は極めて明快だ。

 「自分が絶対的確信を持てている核の部分だけは、揺らぐことはないですし、理解していただくように努めます。逆に絶対的確信ではない部分は、確信を持っているキャストやスタッフがいれば、その方の意見の方が正しいかもしれないと思考します。もしかしたら、そうやって全員の情熱を束ねていく感覚なのかもしれません」

 劇場のスクリーンに映し出すべきものとして、監督が最後まで妥協しなかったのは、人間という存在そのものが放つ光と影だった。

 「暗闇の中で目と耳を澄ませ、独自の真理へと辿り着きたいという原動力が常にあります。外見的な綺麗さではなく、美しいものは何かと探しているのだと思います。生々しい人間がもがきながら生きているそのありようを、私は美しいと感じることが多いですから、その生きる姿を逃さずに捉え切れたら、といつも願っています」

 物語を豊かに彩る京都や広島などのロケーションも、風景の美しさを誇示するためではなく、人間が蠢く舞台として必然性を持って選び抜かれた。

 「絵葉書のような風景を撮るのではなく、その街並みの中で人々がどのように暮らし、どうすれ違っていくのかを映したかったんです。同じ空間にいながら決して一つのならない二人の足取りを、街が静かに導いてくれました」

 迷い、傷つき、それでも他者を求めずにはいられない登場人物たちの営み。劇場の暗がりでスクリーンと対峙したとき、観客はそこに、自分自身の孤独と希望の輪郭を見出す――そんな豊かな体験ができる映画愛に満ち溢れた作品だ。

映画『男ともだち』は11月6日より全国ロードショー

【三島有紀子プロフィル】
みしまゆきこ 大阪府大阪市生まれ。神戸女学院大学文学部総合文化学科を卒業後、1992年にNHKに入局。ドキュメンタリー番組の制作等に携わり、のちに独立。2009年公開の映画『刺青 匂ひ月のごとく』で映画監督デビューし、『しあわせのパン』(2012年)、『繕い裁つ人』(2015年)などを監督。2017年公開の映画『幼な子われらに生まれ』で、第41回モントリオール世界映画祭審査員特別賞、第42回報知映画賞監督賞などを受賞。その後も数々の作品が海外で高い評価を受ける。『一月の声に歓びを刻め』(2024年)を経て最新作『男ともだち』は、第39回東京国際映画祭コンペティション部門に選出された。

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