父親が積極的に育児参加するようになった現代でも、長年刻み込まれた昔の固定観念はなかなか消えません。夫婦で協力して子育てをしている漫画家・青鹿ユウさんも、「母親が子どもを見るべき」という思い込みに囚われていた時期があったようです。当時のエピソードを描いた作品がX(旧Twitter)に投稿されると、4000いいねが集まりました。
ある日、作者は夫と娘と3人で外出しているときに夫とケンカになり、別々に自宅に帰ることに。夫の態度に腹を立てた作者は、自分はこれから娘の面倒を見ないといけないけれど、夫は1人で気分転換できていいよねと嫌味を言ってしまいます。これに対して夫は、気分転換したいならしてきたらいいと言い放ち、娘を連れて帰ってしまいました。
作者は夫の予想外の反応に戸惑いましたが、よく考えてみると、作者たちはどちらかがいなくなっても困らないよう、普段から夫婦で子育てをしていました。夫も娘のお世話を一通りできるので、自分がいなくても困ることはありません。夫の行動を見て初めて、「母親である自分が子育てをするべき」という固定観念にとらわれていたことに気づくのでした。
作者が頭を冷やしてから自宅に帰ると、夫は娘の寝かしつけを終えたところでした。作者は、夫が娘と向き合ってきた時間を否定するような発言をしてしまったことを、夫に謝りました。
謝罪する作者に夫は、作者の提案により普段から子育てをしていたため、娘を連れて帰った後も困らなかったと話します。さらに、夫婦どちらかがしんどいとき、役割を交代できる環境を作ることができてよかったと思っていることを、作者に伝えました。
2人はお互いに謝り合い、これからも大変なときに助け合える家族でいようと、仲直りするのでした。
読者からは「理想的すぎる」「素敵なご夫婦」などの称賛の声があがっています。そこで同作について、作者の青鹿ユウさんに話を聞きました。
夫婦で育児をすることは家族全員のためになる
――旦那さんが娘さんを連れて先に帰ってしまったときのお気持ちを教えてください。
私はどこかで「母親が子どもと一緒にいるべきだ」と思い込んでいたので、最初は夫の行動にあっけにとられて、とっさに「夫にワンオペ育児なんて無理だろう」と思おうとしました。
でも、夫は娘が新生児のころから育児をしてきています。それを知っているのに、なぜ自分だけが子育ての責任者だと思い込んでしまったのかと、考え込んでしまいました。それと同時に、親としてちゃんと子育てをしている夫の育児力を勝手に決めつけ、軽んじてしまったことに気づき、自分のやらかし具合に青ざめました。
――「どっちが欠けても(娘が)困らない私たちでいたい」と考えるようになったきっかけは、何だったのでしょうか?
娘を出産する前に夫ががんを患い、若くて元気な人でも突然大病になることがあると痛感したのがきっかけでした。(現在は治っております)
そのため妊娠中に、私から夫に「今日どちらが欠けても子どもが困らないようにしよう」と提案しました。
この提案の一番の目的は、どんなときも娘が生活に困らないようにすることですが、これは自分たちのためでもあります。相手が病気やケガで動けなくなったとき、イチから育児を覚えるのは負担が大きすぎますし、精神的にも追い詰められます。
予期せぬ事態が起きたときにあわてず冷静に対応するための、我が家なりのリスクマネジメントでもあります。
――夫婦で同等に育児ができるようになるために、工夫したことや大変だったことを教えてください。
工夫したことは、普段から対話しやすい空気感やルールを作ることです。何でも言葉にして伝え合うことで、お互いの状況や感情を可視化しています。我が家にとって会話は、夫婦で同等に育児をするための大切な根っこです。
また、相手の良いところを言葉で伝えることも意識しています。「あなたにはこういう適性があって尊敬する。自分にはない部分だから参考にさせて!」とお互いに称え合うことで、自信が生まれて楽しく育児に向き合えるようになっていると思います。
私と夫はタイプが真逆なので、お互いの育児スタイルを強制しないようにすることが大変でした。相手のやり方を監視したりジャッジしたりする関係にならないよう、娘の安全や健康が守られているかぎり、ゴールさえ同じなら過程は気にしない(片目をつぶる)と決めています。育児を同等に担うからこそ、お互いのやり方を尊重し合う姿勢を大切にしています。
<青鹿ユウさん関連情報>
▽X(旧Twitter)
https://x.com/buruban
▽電子書籍『今日から第二の患者さん』(Amazon)
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