ポリ袋で作った簡易の雨具を着た子どもたち。保育士は乳幼児を抱きかかえ、泥水で足元が見えなくなった道路を何度も往復します。
「あの判断を、次につなげるために」
記録的な豪雨に見舞われた名古屋市で、園児30人を隣接企業へ避難させた保育園の投稿が注目を集めています。
動画をInstagramへ投稿したのは、名古屋市中村区にある「たかなしの森保育園」(@takanashinomori)。避難時の動画は、9月15日時点で354万再生されました。
避難の可能性を伝えた2分後「今から避難します」
9月8日、名古屋市では最大1時間降水量104.5ミリを観測。1890年の統計開始以来、観測史上1位となる猛烈な雨が降りました。
午後のおやつ前ごろから雨脚が急激に強まり、保育園前の道路が冠水。水位は短時間でくるぶし付近まで上昇し、園舎前の保護者用駐車場にも水が迫っていました。
園舎には2階がなく、園内で上の階へ避難することはできません。園の近くには庄内川もあり、河川の増水や氾濫にも警戒しなければならない状況でした。
午後3時35分、園は隣接する株式会社五幸電設へ電話をかけました。
「もしかすると、避難させていただくかもしれません」
しかし、その間にも雨はさらに激しくなります。
「このまま待てば、玄関ホールまで確実に水が入ってくると感じていました。迷っている場合ではないと判断し、主任保育士に『避難しましょう』と伝えました」
この日は園長が不在だったため、主任保育士を中心に判断と指示を行いました。最初の電話からわずか2分後の午後3時37分、園は五幸電設へ再び連絡します。
「今から避難します」
0歳から5歳までの園児30人、職員10人が対応
当時、園内にいた園児は30人。内訳は、0歳児6人、1歳児4人、2歳児6人、3歳児5人、4歳児6人、5歳児3人でした。
正式な避難先の一つには学区の小学校がありますが、激しい雨や強風、冠水した道路を通って乳幼児を連れて移動することは現実的ではありませんでした。そこで避難先に選んだのが、道路をはさんで隣接する五幸電設の3階会議室です。
園では職員10人が対応。1人が保護者への電話連絡を担当し、3人が園と五幸電設の間を往復しました。そのほか、園児を園から送り出す役、五幸電設の1階から3階へ誘導する役、会議室で子どもたちを見守る役に分かれました。役割は、状況に応じて入れ替わったといいます。
午後3時51分に避難を開始。職員たちは園児を抱え、両施設の間を何度も往復しました。
泥水で路面の状態が見えず、職員も園児も足を取られる危険があったそうです。それでも、避難開始から19分後の午後4時10分、園児全員の避難が完了しました。その後、園の玄関と調理室は浸水しましたが、園児は全員無事に保護者へ引き渡されました。
五幸電設は避難の申し出を「即答」で受け入れ
五幸電設側は、園から避難の連絡を受けると、すぐに受け入れました。
「日ごろから避難訓練で3階会議室を提供しており、警報が出た際に避難されたこともあったため、即答しました」
社員は雨が激しく降っていることには気づいていたものの、道路が冠水していることまでは分からなかったといいます。
「冠水している道路を、園児を連れて歩いてくる先生の姿を見たときは、先生も園児たちも本当に大変そうで、自分たちも手伝わなければと思いました」
受け入れのための細かな役割分担は、決めていませんでした。ワンフロアの社内で園児が避難してくることを口頭で伝えると、社員一人ひとりが状況を見て、必要な行動に移したそうです。
到着した園児を1階で受け取り、抱きかかえて階段を上り、3階の会議室へ誘導。雨に濡れた体を拭くため、大量のタオルも提供しました。
毎年の訓練で「入口も避難経路も知っていた」
なぜ、急激に状況が悪化するなかで、避難を完了できたのでしょうか。
園が特に役立ったと振り返るのは、年に一度行ってきた水害避難訓練です。園児と職員は、園から五幸電設まで移動し、階段を上って3階の会議室へ避難するところまで実際に経験していました。
「避難場所を知っているだけではなく、どの経路を通り、どこから建物に入り、どこまで移動するのかを職員が経験していたため、緊急時にも迷わず行動できました」
両者のつながりは、避難訓練だけではありません。
同園では、子どもたちが育てた野菜を地域の人へ販売する「ミライ食育プロジェクト」に取り組んでいます。販売前には、園児と保育士が五幸電設を訪れ、チラシやポスターを手渡してきました。社員も販売日に、野菜を買いに訪れていたそうです。
五幸電設の担当者は、こう話します。
「ポスターなどで知るより、園児と先生が直接会いにきて知らせてくれるので、こちらも『行きたいな』という気持ちになります。お互いに顔を合わせる機会があるため、より身近な存在に感じているのかもしれません」
避難時、園児たちは五幸電設の社員に手を引かれたり、抱きかかえられたりしても、泣かずに移動できたといいます。
「地域とよく交流している園なので、子どもたちも泣かずに頑張って避難できたのだと感じました」
日常の何気ない交流によって育まれた「顔が見える関係」が、非常時の円滑な避難につながりました。
「もっと早く避難してもよかった」
全員が無事だった一方、園側は「もっと早めに避難してもよかった」と振り返ります。保護者への迎えの要請も、もう少し早く出せたのではないかと考えているそうです。
ほかにも、泥水で見えなくなることを想定してマンホールなどの位置を事前に確認する、職員用のレインコートを用意する、園と避難先、往復する職員の間でこまめに連絡を取るといった課題が見つかりました。
今後は、雨量や道路の冠水状況に応じた避難開始の基準を明確にし、職員の役割分担や保護者への連絡方法、持ち出し品なども見直す方針です。五幸電設側も、保育園の避難先になっていることを踏まえ、防災グッズなどの見直しを検討しています。
「今回の出来事を『無事に避難できてよかった』で終わらせず、実際の経験を今後の訓練や備えに生かし、より安全な保育につなげていきたいと思っています」
9月18日には、4歳児と5歳児が五幸電設の3階会議室を再び訪れ、社員へ感謝の手紙を贈る予定です。
豪雨の日に逃げるために向かった場所へ、今度は「ありがとう」を届けに行きます。