兵庫県加古川市のフジ鋼業が開発した簡易型止水板「Flood Guard(フラッドガード)」が、フィリピンの政府機関「マニラ首都圏開発庁(MMDA)」に正式採用されました。
導入されたのは、高さ約100センチの「FZ100」。フジ鋼業は計3280台を納入しました。今年7月には、マニラの主要幹線道路であるEDSAへの浸水を防ぐため、キャンプ・アギナルド前に設置され、その様子がフィリピンのニュースでも取り上げられました。
豪雨や台風による都市型水害が深刻化するフィリピンで、日本企業が開発した止水板はどのように活用されているのでしょうか。製品開発の経緯や性能、使用時の注意点について、フジ鋼業の代表取締役社長、藤井健吾さんに聞きました。
マニラの浸水対策として正式採用
フィリピンでは近年、豪雨や台風による都市型水害が深刻な問題になっています。フジ鋼業は現地関係者への提案や実証を重ね、マニラ首都圏開発庁への正式採用に至りました。
Flood Guardは、工事や工具を必要とせず、複数枚を並べて連結できる簡易型の止水板です。急な豪雨が予想される場合にも、必要な場所へ運び、比較的短時間で設置できます。
同社はInstagramでも、止水板が住宅や工場への水の流入を抑える様子を紹介しています。
「よく見てください。何がすごいかわかりますか?」
そんな言葉とともに投稿された動画には、大量の水が住宅へ押し寄せるなか、入り口に並べられた止水板が水の流れをせき止める様子が映っています。
投稿には「地面が凸凹でも使えるの?」「高さを超える水が来たらどうなる?」「個人で何枚も購入するのは難しい」といった疑問も寄せられました。
台風19号の被害を目の当たりに
フジ鋼業は、もともと草刈り用チップソーなどを製造してきたメーカーです。同社が防災用品を意識するようになったきっかけは、2019年の台風19号でした。
東日本を中心に甚大な被害が発生し、多くの住宅が浸水。藤井さんはその光景を目の当たりにし、防災用品の必要性を強く感じたといいます。
転機となったのは、中国に滞在していた際に偶然見かけた動画でした。川の水をL字型の板でせき止める様子を見て、藤井さんは「これだ」と感じたそうです。
「そのとき、初めて止水板という製品があることを知りました」
その後、中国メーカーから止水板を仕入れて販売しましたが、期待していた性能は得られませんでした。
しかし、実際に製品を扱ったことで、優れている点と改善すべき点の両方を把握できました。問題をどのように解決するか検討を重ね、販売開始から約1年後、自社で止水板の開発に乗り出しました。
最大止水高は約51センチ
国内で主に流通している標準モデル「FZ50」は、高さ約53センチ、最大止水高は約51センチです。
このほか、高さ約83センチの「FZ80」、約100センチの「FZ100」、約120センチの「FZ120」があります。フィリピンのマニラ首都圏開発庁に納入されたのは「FZ100」です。
フジ鋼業では、実際に水を張った状態で止水試験を行っています。海外では、Flood Guardの設置によって浸水を防いだり、流れ込む水の量を抑えたりした事例も確認されているそうです。
ただし、藤井さんは、どのような状況でも水を完全に防げるわけではないと強調します。
実際の災害現場では、地面の状態や水流、水位などの条件が異なります。そのため「一滴も水を入れない」ことだけを目的とせず、流入する水量や浸水の深さを抑え、被害を小さくする「減災」を重視しています。
大きな段差や急傾斜には注意
Flood Guardは、アスファルトやコンクリートなど、比較的平坦な場所での使用に適しています。多少の凹凸には対応できますが、大きな段差や溝、急な傾斜がある場所では、十分な止水効果が得られない場合があります。
設置前には地面の状態だけでなく、水がどこから流れてくるのか、建物のどの部分から浸水する可能性があるのかを確認することも重要です。
1枚約4.4キロ、工具を使わず設置
国内で主に流通しているFZ50は、1枚約4.4キロ。力に自信のない人でも、1人で持ち運んで設置できる重さです。
工事や工具は必要ありません。浸水を防ぎたい場所の幅に合わせて必要な枚数を並べ、それぞれを連結して使用します。
「いざというときに、誰でもすぐに使えることを特に重視しました」
藤井さんは、使いやすさにこだわったと話します。
FZ50の市場価格は1枚約3万円です。設置場所の広さによっては複数枚が必要になるため、投稿には「個人で何枚も購入するのは金銭的に厳しい」との声も寄せられました。
購入費用とともに気になるのが、使わない期間の保管場所です。Flood Guardは複数枚を重ねられるため、保管に必要なスペースを抑えられます。自治体や企業のほか、店舗やマンション、個人住宅での備蓄も想定されています。
水位が急上昇したら避難を最優先に
想定を超える水位や強い水流、漂流物の衝突などが発生した場合、止水板だけでは対応できないことがあります。
特に水位が急激に上昇しているときは、その場にとどまって設置作業を続けるのは危険です。自治体の避難情報などに従い、人命を最優先にする必要があります。
藤井さんは、止水板の役割について次のように説明します。
「すべての水を完全に防ぐことだけが目的ではありません。流れ込む水量や浸水深を減らし、建物や設備の被害を少しでも小さくするものです。地下街など特定の場所では、避難するための時間を稼ぐ役割もあります」
止水板を設置したから安全だと過信せず、状況に応じて早めに避難することが大切です。
台湾、タイ、ベトナムにも展開
フジ鋼業はフィリピンへの納入に加え、台湾、タイ、ベトナムなど、ほかのアジア地域への展開も進めています。
日本国内でも、これまで浸水したことのない地域で被害が発生しており、自治体や企業、店舗、マンション、個人住宅などで平時から備える必要があると藤井さんは指摘します。
藤井さん自身も豪雨の被災地へ足を運び、現地調査を行っています。そこで強く感じたのは、浸水の原因を調べるだけで終わらせず、次の災害に備える必要性でした。
「『なぜ浸水したのか』を調べるだけでなく、『次の豪雨でどう被害を減らすか』まで考える必要があります」
豪雨の発生や地形そのものを変えることはできません。しかし、建物へ流れ込む水の量を減らすことはできます。
止水板だけに頼るのではなく、排水設備などの対策と組み合わせ、浸水の程度を抑えることが重要だといいます。
「完全に防ぐことだけを目指すのではなく、被害をできるだけ小さくする。これからは『減災』という考え方が、ますます重要になると思います」