最新作映画『時給三〇〇円の死神』で鮮烈な存在感を放つ女優・佐津川愛美。10代でのデビューから20年余り第一線を走り続ける佐津川は今、子どもたちに現場体験を届ける「映画と仲間 filty」の代表としても情熱を注ぐ。映画の現場を愛し、裏方に敬意を捧げる佐津川が、映画のテーマでもある「叶えたい願い」に重ねた想いや自らの原点、そして次世代へと繋ぐ映画愛の真髄を語った。
■14歳の心に刻まれた、プロの情熱
中学時代、右も左も分からぬまま飛び込んだ映画の現場。そこで目の当たりにした圧倒的な光景が、すべての出発点だった。
「デビュー作となった『蝉しぐれ』の現場は本当に衝撃的でした。大勢のプロフェッショナルがひとつのものを作り上げていく姿に、黒土(三男)監督はとても厳しい方でしたけれど、中学生だった私は心を強く揺さぶられました」
厳格な空気の中、職人たちが1つのカットに注ぎ込む執念。完成した試写を目にしたとき、少女の心に一生ものの火が灯る。
「スタッフの皆さんが、監督の表現したい世界を具現化するために、たった1カットに心血を注いでいる姿に深いリスペクトを覚えました。そして時を経て試写を観たとき、自分の出演シーンだけでなく美しい山の風景などがすべて一本に繋がった映像を観て、『これだけの熱量で映画は作られているんだ』と圧倒されたんです。その感動があったからこそ、私も生涯映画に携わっていきたいと強く決意しました」
その日以来、数え切れないほどの作品を重ねてなお、彼女の軸足がブレることはない。
「これまで長く俳優を続けてきましたが、自分にとって一番大切な場所も、最も居心地が良い場所も、常に映画の現場でした。映画に育ててもらったという恩義があるからこそ、『映画に出演し続けられるなら、この仕事を続けていこう』という想いでここまで歩んできた感覚です」
■試写室の完成作より、愛おしい「あの現場」
映画を愛する佐津川だが、その情熱が向かうベクトルは極めてストイックだ。脚光を浴びるスクリーンよりも、熱気渦巻くカメラの裏側にこそ至福を感じている。
「何よりも、1カットのために全員で力を尽くしている現場の時間が好きなんです。現場で手応えを感じていても、完成作を観たら『あのシーン、カットされちゃったんだ』ということもありますよね(笑)。もちろん作品は監督のものですから何の不満もありません。ただ、私が心から愛しているのは、あの現場の空気そのものなんです」
主演映画『忍道-SHINOBIDO-』の現場も、そんな泥臭い喜びに満ちていた。
「日光江戸村での撮影だったのですが、普段ショーに出演されている本物の忍者の方々が、斬られ役を務めてくださる特殊な現場でした。近くに住み込みで働いている方ばかりなので、現場全体が温かいファミリーのようで本当に楽しかったです。毎朝、地元のおじいちゃんがほい、いってらっしゃい』と草履を履かせてくれた温もりも、今でも忘れられません」
■映画界を背負うのではなく「きっかけ」を贈る
自身が代表を務める「映画と仲間 filty」では、子どもたちに向けて現場の空気を肌で感じる体験を提供している。しかし、その活動に大義名分や気負いはない。
「映画業界を引っ張っていこうなんていう気負いはまったくありません。キャリア20年そこそこの自分が言えるような、大それたことではないと思っていますから。ただ単純に、私が大好きな映画の現場を、子どもたちにも知って、体験してもらいたいという想いだけなんです」
原動力にあるのは、かつての自分が掴み取った「偶然」への感謝の思いだ。
「14歳という早い段階で『映画に関わっていきたい』という明確な目標や夢に出会えたことは、私にとって本当に幸運なことでした。そうした想いは実際に現場を経験してみなければ芽生えないものですから、子どもの頃に様々な世界に触れることがいかに大切かを実感しています」
手渡したいのは、未来の映画人という肩書ではなく、人生を照らす小さな灯火なのだ。
「カメラやマイクといった機材に興味を持つ子もいれば、仲間と協力する楽しさを知る子、あるいは『自分には合わない』と気づく子がいてもいい。とにかく現場を楽しむ場を提供することで、子どもたちそれぞれの未来に向けた『何かのきっかけ』をプレゼントできればと願って活動しています」
■『死神』が叶える願い、そして自称「お節介」の流儀
映画『時給三〇〇円の死神』では「死神が最後に願いをひとつ叶えてくれる」という印象的な設定が登場する。もし今、佐津川自身がひとつだけ願いを叶えてもらえるとしたら何を選ぶのか。その問いに対する答えは、自らの名声ではなく、愚直に現場を支え続ける裏方の仲間たちへの想いだった。
「とても難しい質問ですね……。もし一つだけ叶うなら、スタッフの皆さんが少しでも働きやすい環境になることを願いたいです」
自身の創作意欲やプロデュース業への色気ではなく、徹頭徹尾「現場の仲間」を慈しむ。
「私自身が企画や制作をしたいわけではなく、純粋に現場そのものが好きなんです。自分の持ち場でなくても手が回らない部署を自然とサポートし合うような、互いを補い合う姿にはいつも胸を打たれます。全員で同じ目標に向かって走っていくチームの熱気そのものに、私は惹かれているのだと思います」
現在では数多くの共演者から「現場にいてくれるだけで安心する」と絶大な信頼を寄せられる彼女だが、その温かな眼差しの裏には自らの苦い記憶があった。
「緊張していそうな若い子を見かけると、つい『遠慮しないで椅子に座っていいんだよ』なんて声をかけてしまって。完全に“お節介おばさん”ですね(笑)」
かつての自分のような思いを、若い世代にはさせたくない。その一心で、今日も彼女は現場を温める。
「私自身、10代の頃は現場の空気に怯えてガチガチになっていた経験があります。それも大切な勉強でしたが、やはり過度に萎縮するより、リラックスしたメンタルで挑むほうが良いお芝居ができるはず。誰もが肩肘を張らずに表現に集中できる環境を作ることが、結果として作品を良くすることに繋がると信じています」
作品の深淵を繊細に捉える俳優としての矜持と、過酷な現場を愛し、支え合う仲間たちへの底知れぬリスペクト。佐津川愛美という表現者の核には、映画の現場に育てられた確かな誇りがある。ひとつのカットに情熱を注ぎ、その魅力を次世代へと手渡していく佐津川の歩みは、これからも日本映画の現場をあたたかく照らし続けるはずだ。
映画『時給三〇〇円の死神』は10月2日より全国ロードショー