75歳の元受刑者には、恋人がいました。
本人が心から信頼し、愛しているという34歳年下の「彼女」。本人は連絡先さえ知りません。なぜか年金が入るのと同じタイミングで、2カ月ごとにふらりと本人宅へやって来て、数日間を一緒に過ごすと、またどこかへ去っていく女性でした。
刑務所で生活している間は生活費がかからなかったため、本人の年金は300万円弱まで貯まっていました。一方で、本人には約250万円の債務がありました。
出所後、「彼の債務整理は私がやります。ほかの人のサポートは必要ありません」と、福祉職の支援を拒んだ「彼女」。本人も、「彼女がやってくれると言っているんだから」と話しました。
その後、本人が助けを求めてA社会福祉士を呼び出したとき、「彼女」が家に来なくなってから、すでに約1年が経っていました。約250万円の債務は残ったまま。本人が持っていた一つだけの通帳には、数万円しか残っていませんでした。
なくなった預金が何に使われたのか、「彼女」がどのように関わっていたのかは、わかりません。
「彼女」は、本当に恋人だったのでしょうか。
「あんたが俺の世話をしてくれないか」
山崎さん(男性・仮名)から、A社会福祉士に電話がありました。
「入院することになったが、身寄りがない。あんたが俺の世話をしてくれないか」
そんな内容でした。
A社会福祉士と山崎さんとの関係は、山崎さんが2年間の服役を終え、出所したところから始まります。
山崎さんは当時75歳で、精神障害者手帳2級を持っていました。
高齢や障害などにより、出所後に地域で自立した生活を送ることが難しい人については、本人の同意など一定の条件のもと、福祉サービスにつなげられることがあります。地域生活定着支援センターなどが関わる「特別調整」と呼ばれる取り組みで、「出口支援」の一つです。山崎さんもこの制度によってA社会福祉士と関わることになりました。
山崎さんは、ぶっきらぼうで、少し癖のある人でした。しかし、何度も直接会って話すうちに、A社会福祉士に打ち解けていきました。
山崎さんのもっぱらの話題は、34歳年下の「彼女」のことでした。
A社会福祉士が「それ、本当に彼女なの?」と尋ねると、山崎さんは「失礼だな」と怒りました。
彼女が17歳のとき、お祭りで知り合って以来の長い付き合いなのだといいます。山崎さんは、彼女と結婚し、子どもを持たせてあげたいとも話していました。
しかし、A社会福祉士が「ちょっと、その彼女さんに会わせてよ」と言うと、山崎さんは、連絡先は知らないと答えました。
彼女はいつも突然ふらっと自宅にやって来て、そこから数日、山崎さん宅で過ごし、またどこかへ行ってしまうというのです。
「それ、だまされているんじゃないの?」
A社会福祉士がそう言うと、山崎さんは、
「なんてことを言うんだ。彼女はそんなことをしない!」
と激怒していました。
「彼女」は返済の手続きをすると宣言したけれど
山崎さんに約250万円の借金があることは、以前からわかっていました。生活費のためにできた借金だったそうです。
一方、2年間の服役中は年金を使うことがほとんどなかったため、預金は300万円弱まで増えていました。
そこで、法律の専門家に相談し、返済や債務整理の方法を検討することになりました。依頼費用などを考えても、わずかながら手元にお金を残せる可能性があります。その後も入ってくる年金の範囲で暮らせるよう、収支を一緒に考えていく予定でした。
ある日、A社会福祉士が山崎さんの自宅を訪ねると、そこに見知らぬ女性がいました。
山崎さんから「彼女だ」と紹介された女性は、A社会福祉士にこう言ったそうです。
「彼の債務整理は私がやります。私にできます。ほかの人の助けは不要です」
A社会福祉士は、弁護士や司法書士など、専門家への相談を勧めました。しかし、女性は断りました。山崎さんも「彼女がやってくれるんだから」と言います。
女性は「山崎さんの身の回りのことは自分がするため、福祉職による支援も必要ない、今後は関わらないようにしてほしい」と言っているそうです。
「それでいいの? 私の助けはいらない?」
A社会福祉士が山崎さんに尋ねると、山崎さんは、それでいいとうなずきました。
山崎さんが自分の意思で支援を断る以上、A社会福祉士はそれ以上、踏み込むことはできませんでした。
「…そう。わかった。じゃあ、必要になったら、また連絡ちょうだい」
A社会福祉士は、そう言い残して山崎さんの家を後にしました。
2年後にかかってきた、SOSの電話
山崎さんから冒頭の電話があったのは、それから2年後のことでした。
「私の電話番号を持っていてくれて、よかった。全部わからなくなる前に、私に電話をかけてきてくれて、本当によかった」
A社会福祉士は、そう話していました。
A社会福祉士が山崎さんのもとを訪ねると、「彼女」はすでに長い間、家に来ていませんでした。本人によれば、来なくなってから約1年が経っているとのことでした。
通帳を確認すると、あったはずの300万円弱はなくなり、残高は数万円になっていました。どこに、何のために使われたのかは、はっきりしません。
一方で、「彼女」が手続きをしてくれたのかと思っていた約250万円の債務も、ほとんどそのまま残っていました。
A社会福祉士は、山崎さんの判断能力の状態を踏まえ、成年後見制度の利用を検討しました。
しかし、とにかく山崎さんにはお金がありませんでした。ここまで資力が乏しいと、後見の申立てを進めるにも、さまざまな調整が必要になります。何社もの債権者と交渉し、債務整理をする必要もありました。わずかな年金から借金を返済すれば、生活そのものが成り立たなくなるおそれもあります。
加えて、山崎さんは重い病気を抱え、長くは生きられない可能性があるとみられていました。かといって、あとどれほど生きられるのかはわかりません。
身寄りもお金もなく、重い病気を抱え、債務も残っている山崎さん。積極的に関わろうとする人は、なかなか見つかりませんでした。それでもA社会福祉士は、山崎さんを何とかしたいと考えていました。
「最後に話すことができてよかった」
A社会福祉士が、自ら保佐人の候補者となることも含め、今後の支援について話し合った2日後のことでした。
病院からA社会福祉士に、山崎さんが亡くなったという連絡が入りました。
しかし、その時点でA社会福祉士は、山崎さんの親族でも保佐人でもなく、正式な代理権もありませんでした。そのため、葬儀や死後の手続きを担うことはできませんでした。
それでもA社会福祉士は、最後に山崎さんと会い、話すことができてよかったと振り返ります。
「『山崎さん、私がいるよ。仕方ないから、たまには思い出してあげるわよ』って、生きているうちに伝えられたからね。まあ、よかったわよ」
A社会福祉士は少し視線を落とし、そう話しました。
◇山下静香(やました・しずか)関西第一司法書士事務所所属。事務職兼社会福祉士。
相続、成年後見、不動産登記などの実務に携わる一方、高齢者支援や福祉分野にも従事。 法律と生活、双方の領域にまたがる現場経験をもとに、「制度の中で実際に起きていること」をテーマに執筆している。 相続や介護、家族をめぐる身近な問題について、わかりやすく伝えることを目指している。