澄子さん(90歳)は、近所のスーパーへ食料品を買いに出た後、自宅への帰り方が分からなくなり、警察に保護されました。
認知機能や体力が低下し、アパートで暮らし続けるのは危険だと判断され、澄子さんは施設へ入所しました。警察に保護されたことをきっかけに、福祉の支援にもつながりました。
それでも澄子さんは気丈で、施設をすぐにでも出たいと希望していました。
「息子を一人にしてきたんです。家に帰らないと」
澄子さんが心配していたのは、自宅に残した60歳の次男・茂弘さんのことでした。茂弘さんには軽度の知的障害があり、脚も不自由です。
澄子さんが施設へ入ったことで、それまで何とか成り立っていた親子二人の生活は、立ち行かなくなっていきました。
母が家へ帰りたがる理由を聞く中で
福祉の支援につながる中で、澄子さんについて成年後見制度の「補助」を利用することになり、私たちの司法書士事務所が補助人候補者となりました。私たちが関わった時には、澄子さんはすでに施設へ入所していました。
補助は、判断能力が不十分な人を法律面から支援する、成年後見制度の類型の一つです。
成年後見制度では、後見人等が本人の意思を尊重しながら、預貯金の管理や支払いなどの「財産管理」と、住まいや介護・福祉サービスに関する契約や手続きなどの「身上保護」を行います。
法定後見制度には、本人の判断能力の程度に応じて「後見」「保佐」「補助」があり、補助は、このうち判断能力が比較的保たれている人を対象とする類型です。補助人には、申立ての範囲内で家庭裁判所が定めた特定の法律行為について、代理権や同意権・取消権が与えられます。
澄子さんは、自分の希望や気持ちを伝えることはできましたが、施設費の支払いなどの事務を自分で行うことが難しくなっていました。そのため施設費の滞納が数カ月分に膨らみ、困った施設側が澄子さんに補助制度の利用を勧めました。
澄子さん本人も制度の利用に応じたので、私たちの事務所が申立書類作成とともに、司法書士が補助人候補者として依頼され、審判を経て補助人に就任しました。
澄子さんが家へ帰りたがる理由を聞く中で、親子がこれまでどのように暮らしてきたのかも分かってきました。
澄子さんは長男を24歳で亡くし、その後は夫、次男の茂弘さんと3人で暮らしてきました。夫も約20年前に亡くなり、それからは茂弘さんとの二人暮らしです。
茂弘さんには軽度の知的障害がありますが、意思疎通に問題はありません。以前は工場で働き、簡単な買い物もできていました。しかし、脚が動かなくなってからは家の中を這って移動し、調理や入浴にも介助が必要になりました。
澄子さんは、月10万円に満たない年金と貯蓄を切り崩しながら家計を支え、家事や茂弘さんの介助も担ってきたのです。
母には施設費、息子には家賃と生活費
澄子さんが施設へ入った後、自宅には茂弘さんが一人で残されました。
澄子さんが入ったのは比較的費用の安い施設でしたが、月10万円に満たない年金では、1カ月分の施設費にも足りません。滞納は数カ月分に膨らみ、ほかに収入や預金もなかったため、このままでは施設を退去しなければならない状況でした。
一方、自宅で暮らす茂弘さんにも家賃や生活費がかかります。澄子さん自身の施設費も賄えない中で、茂弘さんの生活費まで支え続けることはできませんでした。
さらに、茂弘さんは一人で生活できる状態ではありません。それまで家事や介助を担ってきた澄子さんは、もう自宅へ戻ることができません。
それでも茂弘さんは言いました。
「自分が家で母を介護します」
母を思う気持ちは理解できます。しかし、茂弘さん自身が介助を必要としており、澄子さんを自宅へ戻して介護することは現実的ではありませんでした。
このままでは、澄子さんは施設での生活を続けられず、茂弘さんも自宅で一人では暮らせません。親子二人の生活は、経済面でも生活面でも行き詰まっていました。
息子の通帳に残されていた障害年金
澄子さんの施設費をどう確保するか検討する中で、茂弘さんが障害年金を受給しており、その多くが通帳に残されていることが分かりました。
澄子さんは、茂弘さんの将来を考え、障害年金にはなるべく手を付けず、自分の年金と貯蓄から二人分の生活費を支払ってきたようです。茂弘さんが障害年金を貯蓄できたのは、澄子さんが長年、その生活費を負担してきたためでした。
茂弘さんの障害年金が判明したことで、澄子さんの施設費確保の問題にも、新たな対応が必要になりました。
生活保護は原則として世帯単位で判断されます。同じ世帯として扱われれば、澄子さんの年金だけでなく、茂弘さんの障害年金や預貯金も含めて、世帯全体の収入や資産が審査の対象となります。
しかしこの時点で澄子さんは施設入所、茂弘さんは自宅居住という状態で、生活の場所も支出も分かれていました。そこで、澄子さんの生活保護申請にあたり、二人を別世帯として扱う「世帯分離」を福祉事務所に求めました。世帯分離とは、世帯単位の原則をそのまま適用することが適切でない場合に、例外的に認められる取扱いのことです。
今回は世帯分離が認められました。そして次に澄子さん単独での生活保護の要否が審査されましたが、結果としては「境界層該当者」と判断され、生活保護は開始されませんでした。
「境界層」とは、介護保険の負担を軽減すれば生活保護を受けずに生活できるとされる人々のことです。この境界層措置により、高額介護サービス費の自己負担上限や、施設の食費・居住費について、より負担の軽い基準が適用され、今後の施設費は軽減されました。とはいえ、これまで数カ月分の滞納がなくなるわけではありません。
そこで、これまで二人分かかっていた生活費の半分を茂弘さんにも負担してもらい、その分を澄子さんへ戻せないか検討することになりました。
ただし、茂弘さん自身にも知的障害があり、財産に関する判断や手続きには支援が必要でした。
そこで、茂弘さん本人の同意を得て補助開始の申立て支援を行いました。ただし茂弘さんは障害があることから、財産管理だけでなく生活面の支援にも適した社会福祉士が補助人候補者とされ、澄子さんとは別の補助人が選任されました。
澄子さんが過去に茂弘さんの生活費を負担していたからといって、法律上当然に返還を求められるわけではありませんが、今回は、茂弘さんの障害年金が蓄積していた経緯や今後の生活資金を踏まえ、茂弘さんの生活に支障が生じない範囲で、共同生活費の一部の負担をお願いすることにしました。
茂弘さん本人と補助人にこの案を説明したところ、茂弘さんはすんなり納得し、補助人も受け入れました。
茂弘さんの補助人は、親子の生活状況、これまでの澄子さんの生活費負担の事実、澄子さんの負債、茂弘さんに必要な生活資金等について家庭裁判所へ報告し、茂弘さんから澄子さんへの資金移動について可否の判断を仰ぎました。可との回答を得たうえで、茂弘さんの財産から澄子さんへ金銭を移し、澄子さんの滞納していた施設費の支払いの一部に充てました。
これにより、澄子さんは滞納していた施設費を支払い、引き続き施設で暮らせるようになりました。さらに親子は世帯を分け、澄子さんと茂弘さんの収入や生活費をそれぞれ切り分けました。
「落ち着いたら、また母に会いたい」
一方、茂弘さんも、一人暮らしを続けることは難しく、支援員が常駐する障害者向けグループホームへ入居しました。
茂弘さんは現在、施設内の個室で暮らしています。そこでは車椅子で館内を自由に移動でき、食事や入浴の介助を受けられるほか、必要なら看護師の訪問も受けられます。
澄子さんに、茂弘さんが施設へ入り、不自由なく暮らせるようになったことを伝えると、寂しそうではありましたが、ほっとした表情を浮かべました。これまで一人で踏ん張ってきた分、肩の荷が下りたようでした。
茂弘さんも、新しい場所で趣味のゲームをしながら暮らしています。
「落ち着いたら、また母に会いたい」
そう話しているそうです。
親子二人の生活は、澄子さんが家事や介助を担い、茂弘さんも一定のことを自分でできることによって、ぎりぎり成り立っていました。しかし、澄子さんの認知機能が低下し、茂弘さんの脚も不自由になったことで、その暮らしを続けることは難しくなりました。
親子が離れて暮らすことには寂しさがあります。それでも、成年後見制度と福祉の支援によって財産と生活環境を整えたことで、澄子さんと茂弘さんは、安心して暮らせる場所を手に入れることができました。新しい場所で、それぞれの新しい生活を始めています。
◇山下静香(やました・しずか)関西第一司法書士事務所所属。事務職兼社会福祉士。
相続、成年後見、不動産登記などの実務に携わる一方、高齢者支援や福祉分野にも従事。 法律と生活、双方の領域にまたがる現場経験をもとに、「制度の中で実際に起きていること」をテーマに執筆している。 相続や介護、家族をめぐる身近な問題について、わかりやすく伝えることを目指している。