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「板を外されたら出られない」100年前の歯科医院に残る不思議な「勉強部屋」 家業を継いでほしかった親の思いと裏腹に跡取り息子は…

渡辺 晴子 渡辺 晴子

静岡市清水区蒲原にある国登録有形文化財「旧五十嵐歯科医院(旧五十嵐邸)」に残る、不思議な「勉強部屋」を紹介したInstagram動画が話題となっています。

投稿したのは、静岡東部・伊豆エリアのグルメや穴場スポットを紹介するInstagramアカウント「ai」さん(@a.love_snow.i)です。

動画で紹介されたのは、2階離れにある「勉強部屋」。部屋へ行くには急な階段の上に板を渡してもらう必要があり、その板が外されると自力では出入りできない、まるで「陸の孤島」のような構造です。

「立派な医師になるため、部屋から出ずに猛勉強させるためだったと聞きました」

そんな説明とともに投稿された動画には、「本当に勉強部屋?」「女中部屋と聞いたことがある」と、さまざまな反響が寄せられました。投稿者のaiさんと、保存活動を行う「NPO法人旧五十嵐邸を考える会」の理事長・片瀬信江さんに話を聞きました。

和カフェで勧められ訪問 最も印象に残ったのが「勉強部屋」

aiさんが旧五十嵐歯科医院を訪れたきっかけは、蒲原宿にある老舗和菓子店「和カフェ僊菓堂」(@wacafe_senkado)で紹介されたことでした。

「『昔の歯医者さんの診察台が、そのまま残っているんですよ』と勧めていただきました」

最初は建物全体を紹介したところ、大きな反響がありました。

「皆さんが、歴史ある建物に興味を持ってくださっていると感じました。館内で一番印象に残ったのが、この勉強部屋だったので動画にまとめました」

高校生の娘さんが受験生ということもあり、当時の教育に思いを重ねたそうです。

「今の子どもたちは勉強が大変と言われますが、昔はもっとスパルタだったのではないかと、人ごととは思えませんでした」

板を渡って入る部屋 「怖さ」と「親の愛情」を感じた

実際に板を渡って部屋へ入ると、想像以上の緊張感があったといいます。

「細い橋を渡る先の恐怖感がありました。中は机と本棚しかなく、なんとも言えない怖さを感じました」

一方で印象的だったのは、大きな窓でした。

「当時は高価だったであろうガラス窓がたくさん使われていて、『勉強しやすいように』『日当たりを良くしよう』という親の愛情も感じました」

ただ、「トイレはどうしていたのだろう」と気になったそうです。

娘さんは「医者になる以外の未来を選べないのは気の毒」

一緒に見学した高校生の娘さんも、衝撃を受けました。

「親の勉強への執念に、恐怖を感じていました。医者になる以外の未来を選べないのは気の毒だ、と話していました」

aiさん自身も、「これだけ大きな家なら、跡を継ぐ以外の選択肢は、ほとんどなかったのだろう」と想像したといいます。

「私は子どもの進みたい道を尊重したいと思って、育てています。この部屋で一人、孤独と戦いながら勉強する姿を思うと、胸が苦しくなりました」

その一方で、「ものすごく元気な男の子で、あの部屋に入れておかないと遊び回ってしまう子だったのかもしれない、と少しポジティブにも考えました」と笑います。

「女中部屋」という声も…保存会に確認すると

投稿には、「20年前に行ったときは、女中部屋と説明を受けた」「昔の建物にはよくある造りで、女中部屋だと聞いた」というコメントも寄せられました。

そこで、「NPO法人旧五十嵐邸を考える会」の片瀬さんに確認したところ、現在「勉強部屋」と説明している理由が分かりました。

片瀬さんによると、修復時の図面には「離れ」と記載されていますが、「勉強部屋」という説明は、約27年前の保存会発足当時、ご存命だった当主・五十嵐準氏の二女から「勉強部屋として増築した」と直接聞いたことに基づいているそうです。

また、会が作成したガイドテキストには「女中部屋」という記載はなく、会員全員に確認したところ、そのような説明をした記録もないとのことでした。

跡取り息子のために増築 しかし…

さらに片瀬さんは、この部屋にまつわるエピソードも教えてくれました。

「長男の方に歯医者さんになってほしくて、勉強部屋まで増築したそうです。しかし、その長男の方は窓から屋根伝いに外へ出てしまい、歯医者さんにはならなかったと、二女の方からうかがいました」

一見すると、板を外せば部屋から出られない構造に思えますが、実際には窓から屋根伝いに外へ出ることができたのだそうです。

SNSでは、この不思議な部屋について「本当に勉強部屋だったの?」「女中部屋と聞いたことがある」とさまざまな声が寄せられましたが、保存会への取材で、こうしたエピソードや部屋が「勉強部屋」と呼ばれるようになった経緯が明らかになりました。

「その土地で暮らしていた人の話が一番面白い」

aiさんが最も印象に残ったのは、地域の人から届いたメッセージでした。

「子どものころ、この建物に泊まり込みで昔の暮らしを体験する地域イベントに参加したという方から、DMをいただきました。実際にその土地で暮らしてきた方の生の声を聞けることが、一番楽しかったですね」

旧五十嵐歯科医院は、大正3(1914)年に町家を洋風へ改築して、歯科医院として開業した建物です。昭和15年ごろまでに増築され、和洋折衷の美しい造りが評価され、平成12年には国の登録有形文化財となりました。

「私は歴史に詳しいわけではありませんが、当時の人が暮らしていた空気を肌で感じられることが魅力です。蒲原宿には、桜の名所や歴史的建造物もたくさんあります。ぜひ時間をかけて、ゆっくり歩いてみてほしいですね」

「陸の孤島」とも呼びたくなる勉強部屋。その不思議な構造には、当時の親の期待や子どもの思い、そして100年前の暮らしが、今も静かに刻まれていました。

   ◇   ◇

【旧五十嵐歯科医院(旧五十嵐邸)】
静岡市清水区蒲原3丁目23-3。JR新蒲原駅から徒歩約7分。開館時間は9時30分~16時で、休館日は月曜日、祝日の翌平日、年末年始。入館無料。見学者用の無料駐車場があります。

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