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母を介護した姉の相続宣言「家も預金も、私が全部受け継ぎます」反対できなかった妹が後に知った“自分の取り分”【司法書士の現場から】

山下 静香 山下 静香

「この家も預金も、私が全部受け継ぎます」

母親の四十九日法要の席で、次女の芳子さん(仮名・70歳)がそう言い切りました。母親を自宅で介護し、今後も法事や仏壇、お墓を引き受けるのだから、自分が当主として家を継ぎ、遺産もすべて相続するというのです。

末っ子の博子さん(仮名・62歳)は驚きました。しかし、長女の光子さんと長男の学さんも、真剣な顔でうんうんとうなずいています。

――親の面倒を見た人が、遺産をもらうものなのだろう。

そう思い込んだ博子さんは、芳子さんがすべての遺産を受け継ぐことを受け入れてしまいました。

それから数年後、生活が苦しくなった博子さんは、初めて「自分にも母親の遺産を受け取る権利があったのではないか」と疑問を抱きます。

母親を介護していた姉

博子さんの父親はすでに他界しており、母・チエ子さんの子どもは、長女の光子さん(仮名・73歳)、次女の芳子さん、長男の学さん(仮名・66歳)、三女の博子さんの4人でした。

チエ子さんは当初、長女の光子さんとの同居を望んでいましたが、光子さんの夫が難色を示したため断念。その後、芳子さんが夫や娘とともに実家へ移り住みました。

やがてチエ子さんは膵臓がんを患います。「最期まで自宅で過ごしたい」という希望をかなえるため、きょうだいたちは毎日交代で見舞いましたが、日常的な介護を担ったのは、同居する芳子さんでした。

チエ子さんが亡くなり、四十九日の法要で遺産の話になった際、芳子さんはこう主張しました。

「私、お母さんの面倒、一生懸命看てきた。自分の家のこともあったけど、夫に無理を言って実家に戻って来たのよ。これからの法事も、仏壇やお墓も私が引き受けます。私が当主として家を継ぐつもりでやってきたのだから、家も預金もすべて私が受け継ぎます」

確かに、最も近くで母親を支えたのは芳子さんです。

しかし博子さんとしては、芳子さんが自発的に母親の介護を引き受け、実家に同居していたため、自分の出番が少なかっただけだと感じていました。誰も介護をする人がいなければ、自分も母親の面倒を見るつもりだったのです。

それでも、光子さんと学さんが真剣な顔でうんうんとうなずいている様子を見て、「介護をした人が相続するものなのだ」と納得してしまいました。

「私には何の権利もなかったのでしょうか」

数年後、博子さんの家計は苦しくなりました。

一方、芳子さんは実家に住み続け、きょうだいを集めて法事を行いながら、余裕のある年金生活を送っているように見えます。

同じ母親の子どもなのに、なぜ芳子さんだけがすべての財産を持っているのか。疑問を感じた博子さんは、私たちの司法書士事務所に相談に来られました。

「母の遺産は、今どうなっているのでしょうか。私は何ももらえないのでしょうか」

司法書士は、次のように説明しました。

「親の面倒を最後まで見なかったからといって、相続権がなくなるわけではありません」

民法上、配偶者は常に相続人となり、子どもは第一順位の相続人です。配偶者と子どもが相続する場合、法定相続分は配偶者が2分の1、残る2分の1を子どもの人数に応じて等分します。

今回のように配偶者がすでに亡くなっている場合は、子どもたちが遺産を等分するのが原則です。相続人は4人の子どもですから、博子さんにも原則として4分の1の法定相続分がありました。

介護などによって、亡くなった人の財産の維持や増加に特別な貢献をした相続人には、「寄与分」が認められることがあります。

しかし、「親を介護した人が当然にすべての遺産を相続する」という決まりはありません。親の世話をしなかったからといって、相続権がなくなるわけでもありません。

一方、相続人全員が遺産分割協議を行い、一人がすべて相続することに合意した場合は、その内容が優先されます。

実家はすでに姉一人の名義に

実家の不動産登記簿謄本を調査してみると、不動産はすでに芳子さんの名義になっていました。

遺言書などがない場合、複数の相続人のうち一人だけが不動産を取得するには、通常、誰が取得するのかを定めた遺産分割協議書が必要です。相続人全員が署名し、実印を押したうえで、印鑑証明書も提出します。

つまり博子さんも、少なくとも「芳子さんが実家を相続する」という内容に同意した可能性が高いということです。

司法書士が説明すると、博子さんは記憶をたどりながら答えました。

「そういえば、『ここにサインして』と言われて、よく分からない書類に署名したような気がします。印鑑証明書も取って送ったかもしれません」

博子さんは、実家や預金が母親の遺産であること自体は把握していました。しかし、自分にも法定相続分があることを知らず、「介護をした人が遺産をもらうのが法律だ」と勘違いしていたのです。

「まさか勘違いをしていたなんて…。今から遺産分割をやり直すことはできないのでしょうか」

「知らなかった」だけでは覆すのは難しい

司法書士は、遺産分割協議の効力を争うのは難しいと説明しました。

例えば、「不動産は後で売却し、代金をきょうだいで分ける。一時的に私の名義にするだけだ」などと、判断に大きく影響する虚偽の説明を受けていたのであれば、事情は異なります。

しかし今回は、そうした説明はありませんでした。博子さんは、遺産に実家や預金が含まれていることを把握したうえで、書類に署名し、実印を押し、印鑑証明書も渡したと考えられます。

内容を十分に確認しなかったことは、博子さん側の落ち度と判断される可能性が高く、「法律を勘違いしていた」というだけで協議を覆すのは容易ではありません。

司法書士は、さらに次のように話しました。

「遺産分割協議の内容を正確に理解しておらず、法律上そのようにしなければならないと思い込んでいたため、十分に理解・納得できていない状態で同意してしまったことは、お気の毒だと思います。ただ、今回の事情だけで協議を覆すのは難しいでしょう。法的に争うのではなく、一度、芳子さんと直接話し合ってみてはいかがでしょうか」

姉に「私にも相続権があった」と伝えた

博子さんは、芳子さんに自分の思いを伝えました。

「私は、介護をした人が全部相続するのが法律だと思っていた。でも、本当は私にも相続権があった。よく分からないまま遺産分割協議書に署名してしまったけれど、今は生活にも困っている。私の分も少し考えてほしい」

芳子さんは、最初は腹を立てました。自分は母親を介護し、家の維持や法事、仏壇、お墓のことまで引き受けてきた。正式な手続きも済ませているため、実家や遺産を分けるつもりはない、と主張しました。

「この家は売りません。私たちの実家なのだから、私が守ります。私は、財産を受け継いで当然のことをやってきたという自負があります」

ただ、親の世話をしたことだけを理由に、当然にすべての遺産を相続できるわけではなく、博子さんにも本来は相続権があったことについては理解を示しました。

「今、本当にお金に困っているのなら、贈与税がかからない範囲で支援してもいい。貸すこともできるし、返済はいつでも構わない」

こうして、姉妹の話し合いはひとまず決着しました。

   ◇   ◇

遺産分割協議にあたっては、状況や情報を整理したうえで、自分にどのような法的権利があるのかを把握しておくことが重要です。話し合いではさまざまな事情が考慮されますが、その中で自分の法的な立場を知っておくことは、判断材料の一つとなり、冷静に考えるための助けにもなります。さまざまな事情を総合的に勘案し、できるだけ納得のいく結論を導くことが大切です。

◇山下静香(やました・しずか)関西第一司法書士事務所所属。事務職兼社会福祉士。
相続、成年後見、不動産登記などの実務に携わる一方、高齢者支援や福祉分野にも従事。 法律と生活、双方の領域にまたがる現場経験をもとに、「制度の中で実際に起きていること」をテーマに執筆している。 相続や介護、家族をめぐる身近な問題について、わかりやすく伝えることを目指している。

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