長く通っているお店で担当者が変わると、なんとなく足が遠のいてしまうことがあるでしょう。一方で、後任になった側も「前の担当者のように信頼してもらえるだろうか」と悩むものです。そんな接客業ならではの葛藤と、人と人とのつながりの温かさを描いたぼのこさんの作品『アパレる』からの抜粋エピソードがX(旧Twitter)で注目を集めていします。
それは、アパレルショップで働く桜木が、百貨店のイベントに向けて顧客へDMを送っていたときのことです。その中に、以前退職した先輩・ツツジから引き継いだ顧客であるウスイの名前がありました。引き継ぎの際に連絡はしたものの、当時ウスイは忙しく、きちんとあいさつができなかったのです。その後も何度か手紙を送り続けていたものの全く来店せず、それでも桜木は「今度こそ来てくれたら」という願いを込めてDMを送ります。
すると後日、なんとウスイが来店したのです。自分が送ったDMを持って来てくれたことに喜ぶ桜木でしたが、担当者として名乗った瞬間、ウスイは大きなため息をつきます。そして口にしたのは「ツツジさんが良かったな…」という言葉でした。それでも桜木は気持ちを切り替え、夏服選びを全力でサポートします。顧客カードには「ベーシックでシンプルな服が好み」と書かれていたため、シンプルなブラウスを提案しますが、「全然好みじゃないな」と却下されてしまいます。その後も提案はなかなか響かず、最終的には店頭にないワンピースを取り寄せることになりました。
接客が終わった後、桜木は自分の力不足を痛感します。相談した上司からは「担当者が変わったことでお客様が離れてしまうのは珍しいことじゃない」と慰められました。しかし、桜木はあきらめることができませんでした。そこで退職したツツジに連絡を取り、ウスイの好みについて相談します。さらに店に保管されていた過去3年分のカタログを持ち出し、どんな服を選んでいたのか徹底的に分析し始めました。そんな桜木の熱意に少し驚きながらも、ツツジは親身に協力してくれます。
そして後日、取り寄せたワンピースを受け取りにウスイが再び来店しました。しかし試着してみると、「黒にすれば良かったかもしれない」と後悔している様子です。すると桜木は、「そんなこともあるかと思いまして」と、あらかじめ用意していた黒色のワンピースを差し出します。これは、ツツジからのアドバイスをもとに準備していたものでした。さらに、自分なりの着こなしの提案も加えると、ウスイは納得して購入を決めます。
なぜここまで自分のことを理解しているのか不思議に思ったウスイは、ツツジからの手紙を通じて、桜木が自分のためにわざわざ会いに行き、好みを研究していたことを知ります。その真摯な姿勢に心を動かされたウスイは、「また来ます」と約束して店を後にするのでした。
同作について、作者のぼのこさんに詳しく話を聞きました。
視点を「自分」ではなく「お客様」へ
――「よくあること」と言われてもあきらめず、お客様と真摯に向き合おうとした理由を教えてください。
今回のお話は、私自身が販売員時代に、先輩から顧客さまを引き継いだものの、うまくいかなかった経験がもとになっています。当時のお店は代々の顧客さまに売上の大部分を支えていただいていたため、「自分の代で関係を途切れさせたくない」という思いがありました。桜木にも、大切な先輩から受け継いだお客さまとの関係を守りたい気持ちがあったのだと思います。加えて、彼女の根にある負けず嫌いな性格やチャレンジ精神も、ウスイと向き合い続ける力になったのかもしれません。
――実際に、前任者から引き継いだお客様を担当することには、どのような難しさがあるのでしょうか?
担当販売員を指名してくださるお客さまは、単に「もの」を買うというより、「この人から買いたい」という信頼を大切にされていることが多いように思います。好みだけでなく、話すテンポ・距離感・人柄・雰囲気まで含めて相性が生まれます。そのため前任者が辞めることで、そのお店でのお買い物自体を卒業される方も少なくありません。だからこそ引き継ぎには、商品知識だけでなく、お客さまが言葉にしきれない好みや安心感まで受け取る難しさがあります。実際には、退職の数カ月前から後任と一緒に接客に立ち、少しずつ関係性をつなぐなど、自然にバトンタッチする工夫をしている販売員もいました。
――ぼのこさんご自身は、どの場面でウスイと桜木の関係性が変化したとお考えですか?
最初に桜木が接客についたとき、ウスイは前任の担当者がいなくなったことへの「寂しさ」を思わずこぼしました。それは桜木への当てつけではなく、ウスイ自身の本音だったのだと思います。桜木は一度傷つきながらも、視点を「自分」ではなく「ウスイ」に切り替えました。そして、次に来店されたときに少しでも喜んでもらうために行動しました。その姿勢がまずウスイの心を動かし、最後は前任の担当者であるツツジからの手紙が「この人なら大丈夫かもしれない」という確信につながったのだと思います。
<ぼのこさん関連情報>
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