ランニングを始めて1年半の飲食店経営上原隆史さん(48)=岡山市南区妹尾=が、世界で最も過酷とされるウルトラマラソン「サハラマラソン」(モロッコ、4月)を初挑戦で完走した。「これまでで一番つらかったが、実りあるレースだった」という大会は、灼熱(しゃくねつ)のサハラ砂漠約270キロを7日間、6ステージに分けて走破する難コース。完走メダルを手に「極限の中、生きる上でのたくさんの気付きをもらった」と笑顔を見せる。
サハラを完走した経験がある知人に誘われ出場を決意。約1年半かけてウルトラに耐え得る体力づくりや装備をそろえるなどの準備を進めた。大会直前にオーバーワークで左足を痛めるアクシデントに見舞われたものの、サハラ砂漠のスタートラインに立つことができた。
大会で運営側は水と休憩用のテントを提供するのみで、必要な食料や着替え、寝袋などの装備は自身で背負って走る。フリーズドライの味噌汁やご飯、行動食のナッツ、痛み止めの薬などを詰めたリュックは約11キロにもなった。軽量化のため余分なパッケージ部分をはさみで切る徹底ぶりだったが「食料がなくなる心配から用意したナッツが多すぎて、出発前に他の参加者に配った」と笑う。
初日は35キロ。初めて挑んだ砂漠は意外にも「走りやすかった」。常に目の細かい砂がまとわりつくものの、地盤は固く順調に距離を稼げたという。
ただ2日目(40・5キロ)以降、砂は深く簡単には走らせてもらえなかった。壁も立ちはだかった。午前6時ごろのスタート時に10度以下だった気温は、正午から夕方にかけて急激に上昇。極度の乾燥で汗はすぐに蒸発し、25キロを超えると意識がもうろう。手足がしびれるなど熱中症の症状が出始めた。チェックポイントで休んでは走るを繰り返して、約10時間かけて何とかクリアできた。
思い出深いのは4日から5日目にかけてのオーバーナイト。仮眠を取りながら約100キロを33時間で走った。寝不足のまま真っ暗な砂漠をヘッドライトのわずかな光を頼りに進む中、不思議な感覚に襲われた。「暗闇の中に岡山の風景が広がった。幼い頃に通った道や竹やぶ。そんな幻覚が見えた」
最終日(23・2キロ)は制限時間(6時間40分)に追われながら、砂嵐の中を進んだ。6日間で200キロ以上を走り続け満身創痍(そうい)の体に砂混じりの台風レベルの風が襲う。全身に激痛が走る。「数メートル先さえ見通せない中、必死に足を動かした」。ゴール数分前、嵐がぴたりと止まり青空が広がった。日の丸の旗を掲げながらゴールを切った瞬間、「やりきった。自分にできたんだ」と達成感に包まれた。
満天の星空、朝日に照らされ真っ赤に輝く砂丘、標高835メートルから見た地平線―。絶景に胸を打たれた一方で、「ただただ進む中で人間関係や仕事といった過去の自分を内省する時間が多かった」という。大会後はシャワーを浴びたり食事をしたりといった“当たり前”に感謝するようにもなった。「いずれも大会に出なければ得られなかった感覚だ」と振り返る。
再挑戦も考えている。「あらゆる困難を乗り越えてサハラマラソンを完走できたことが自信になり、今後の人生をより大胆に生きられそう。他の人にも挑戦してもらいたい」と話している。
サハラマラソン 「Marathon des Sables(MDS)」。北アフリカ・モロッコ南西部のサハラ砂漠を舞台に7日間で約270キロを走破するレース。4月3~13日の開催期間のうち、レースは5~11日。6ステージに分かれ、1ステージ当たり20~40キロほどで、今回は約100キロを40時間以内に走るロングステージも含まれる。2026年は世界各国の約1500人が出場し、日本人は20人ほどだった。1986年に第1回が開催され40回目。