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創業125周年「土井志ば漬本舗」5代目が「70歳で社長を交代」、今後の展開は?【老舗の継承】

太田 浩子 太田 浩子

 京都・大原で“しば漬け”をつくる漬物店「土井志ば漬本舗」(京都市左京区)が、今年、創業125周年を迎えました。5代目の代表取締役社長・土井健資さんにお話を聞きました。

「土井志ば漬本舗」は、1901年2月1日に、初代・土井清太郎さんが今で言うコンビニのような「よろず何でも屋」を開業したことに始まります。清太郎さんは、大原の伝統食“しば漬け”を多くの人に食べてもらいたいという「志」を表す漢字をあてた「志ば漬」の製造・販売を大正時代に始めました。

 それから100年以上、自社の畑で育った赤しそから香りの良い場所を選んで種をとり、次の年の2月にその種を蒔いて育てるというサイクルを続けてきました。昼夜の寒暖差が激しい盆地の畑では、葉に独特な縮れがある風味の強い「ちりめん赤紫蘇」が育ちます。その味は、名料亭の料理人が分けて欲しいと訪れるほどです。

「志ば漬」は、この赤しそとナス、赤穂塩を木樽に入れ、石の重しを載せて乳酸発酵させてつくります。漬けるのは、赤しそが収穫できる時期だけ。取材に訪れた6月初めは、まだ赤しそは小さく、空の木樽が積まれていました。赤しそが人の背丈くらいの大きさに成長すると、「志ば漬」の漬け込み作業が始まります。

 本店の近くに住んでいた土井さんは、お店に出る母におんぶされて大きな「志ば漬」をおしゃぶりがわりにしゃぶり、大きくなると赤しその畑でかくれんぼをしながら、商売の大変さを身近に感じつつ育ちました。

 大学を卒業する頃、父に「来月から東京・日本橋三越の『京の味処』に行かすから。もう決まってるから」と言われ、東京でひとり暮らしをしながら働きました。

「卒業後は、もうなんでも言われた通りに従うつもりだった。でも、もう家内と付き合っていたので、離れることだけが気がかりでしたね。東京ってすごいなと思いながら、上ばっかり見上げて生活していました。働きながら、京都のものが東京でどう評価されているかということや、老舗の商品ってやっぱり芯の通った看板商品が大事やなということを学びました」と話します。

 京都に戻り仕事をするなかで、父から「社員を大事にせい」と言われたことが強く心に残っていると言います。また、「社員が働いている間は、絶対にメシを食うな。誰よりも早く行って、誰よりも遅く帰って来い」とも言われていました。社員が全員帰るまで、本店のすぐそばの自宅では食事の用意もしませんでした。土井さんは今も朝6時40分ごろには出社して、朝礼までの時間に社員の相談に乗ったり、新商品の提案を受けたりして、父に言われたことを今も守っています。

 そして、「息子もそれを見ているので、多分真似するでしょう。そういう見えないルーティンを受け継いでいるのかもしれませんね」と微笑みます。息子さん(長男・健嗣さん、33歳)は、副社長として学びながら新しい発想で同社を引っ張っています。

「僕は何も反対しないで、息子に新しいことは全部考えてやりなさいと伝えています。昔からいる人は、僕と同じように大事に思ってくれ。新しい人はあなたが採用して、自分の仲間を作っていきなさいと」

「私が今63歳なんですけど、70歳で社長を交代すると、息子が30歳のときに社内に宣言して意志統一してもらっています。40歳は人として十分熟しているので、新しい人が新しい時代を築く、それも継承のひとつですよ」

世界に販路、クラファン…新しい挑戦

 息子さんは、シンガポールのレストランで「志ば漬」を使ってもらうなど、世界に販路を広げ、最近は老朽化した木樽を新調・修理するクラウドファンディングにも挑戦しました。クラウドファンディングでは、目標を大きく上回る1000万円を超える支援金が集まる結果になりました。

「『なぜ木樽で漬けているのか広く知ってもらった方が、志ば漬への理解が深まるのではないか?クラウドファンディングをやらせて欲しい』と、息子が言い出して。でも、『土井さんのところ困ってるの?』って、なるじゃないですか。だから僕らはやりたくないと思ったんだけど、『困ってるんじゃなくて、価値を知ってもらいたい』と、彼らが言うからやってみました。結果は、『いまだに木樽でやってるんですね』って反響が大きくて。広くお客様に知っていただくきっかけになり、想いがしっかり伝わってよかったです」と喜んでいます。

 8月には、クラウドファンディングで購入した新しい木樽のお披露目を兼ねた夏祭りイベントも開催する予定です。通常の商品は80度のお湯で殺菌して販売していますが、イベントでは出来立ての「志ば漬」をそのまま袋に入れて販売するほか、「志ば漬たこ焼き」など社内公募で集まった“楽しいこと”を全部やろうと計画中だそう。

「ここへ来る楽しみができたらいいなと思って。大原に人が集まるようにしたいんです。『商売は長く続けることが大切やから、まず本業を大切にして、地域に役立つことをがんばれ』と代々申し送られている」

 話をうかがっていると、社員の誕生日にはメッセージを書いて祝ったり、休日は奥様と出かけたり、自身の姉ふたりと月に1回は食事をしたりと、土井健資さんは周りの人をとても大切にしていることが伝わってきました。また、京都のお漬物屋さんたちと親しく交流し、京都の組合や協会の理事を多数引き受けています。

「息子には、周りの人に優しくして、周りの人が幸せになるようなことをたくさんして欲しいと思いますね。そして楽しい人生を歩んで欲しいな。息子に『まだまだ頑張ってください』って言われているので、『頑張るよ』って。人から教わることや学ぶことはたくさんあるので、63歳でももっと成長できると思ってるんです。70歳を過ぎて社長を退いても、トレーニングを続けて、茶道や言語の習得、料理など、もっと極めていきたいなと思っているので、毎日やることはたくさんあるでしょうね」

◾️「土井志ば漬本舗」公式サイト https://www.doishibazuke.co.jp

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