Aさん(32歳)は転職先で、小学校時代に自分をいじめていた同級生と再会しました。相手は今、自分より上の役職に就いている上司です。入社当初は直接関わる機会が少なかったものの、新しいプロジェクトで2人きりの出張が続くようになり、Aさんは顔を合わせるたびに当時の記憶を思い出すようになりました。
ある出張先の夜、ホテルのラウンジで上司から「昔のこと」を謝罪されます。どうやら上司も、Aさんがかつて自分がいじめていた同級生だと気づいていたようでした。
Aさんは、謝ってもらえるなら受け止めようと考えていました。ところが上司は謝罪の流れで、「履歴書を見たけど、転職が多いな」「うちの会社なら俺がうまく使ってやるから安心しろ」といった言葉を口にします。
あらためて見下されているように感じたAさんは、思わず「昔からずっと上から目線ですよね。変わっていないですよね」と言い返してしまいました。その一言をきっかけに、もともとぎこちなかった2人の関係はいっそう難しくなり、職場でも必要最低限の会話にとどまる状態が続いています。
Aさんのように、過去のいじめ加害者と職場で再会した場合、どのように向き合えばいいのでしょうか。公認心理師の小林いさむさんに話を聞きました。
謝罪されるも複雑な心境
ー過去にいじめてきた相手と再会したとき、当時の感情がよみがえるのはなぜですか?
過去のいじめ体験は、強い恐怖や屈辱といった感情を伴うため、脳が「危険な記憶」として深く刻み込みます。こうした記憶はトラウマ記憶と呼ばれ、通常の記憶とは異なり、関連する人物や場面に触れた瞬間に感情ごと一気に引き出される性質があります。
Aさんが上司の顔を見た瞬間に当時の感覚がよみがえったのも、この仕組みによるものです。視覚や聴覚などの感覚刺激がトラウマ体験と無意識のレベルで結びついており、時間が経っても記憶が薄れないのは、「忘れようとする意志が弱いから」ではなく、 脳が自分を守るために反応しているためです。
ーAさんのように、謝罪に対して強く反応してしまうのは自然なことなのでしょうか?
自然な反応といえます。いじめ被害者は強い恐怖や恥、無力感といった感情を心の中に抱えており、加害者からの謝罪は、その感情を一気に呼び起こすきっかけになります。
謝罪は本来、被害者の心理的ニーズを満たすためになされるべきもの。被害者の謝罪を望む気持ちやペース、タイミングに配慮される必要があるのです。今回のように相手の言葉が不十分だったり、傷つく表現が含まれていたりすると、抑えていた感情が一気に表に出ることがあります。
またいじめ被害者は、怒りや許せないという感情を抱えながらも、「怒り続ける自分はおかしいのでは?」「許せない自分が未熟なのでは?」という葛藤も抱えているケースも少なくありません。
謝罪を受け入れなければというプレッシャーが、感情的な反発を招くこともあります。強く反応してしまうのは、それだけ深く傷ついていた証といえるでしょう。
ー相手の謝罪が「上から目線」に感じられる心理について教えてください。
今回の上司の謝罪には「履歴書を見てうまくいっていないと思った」という言葉が含まれていました。これは謝罪しながら、相手の状況を評価・判断する視点が混じっており、被害者側からすると「自分よりも立場が上だ」という無意識の認識が透けて見える言葉です。
謝罪とは本来、非は自分にあると認め、相手に委ねる姿勢でなされるべきものですが、相手の被害を過小に見積もったり、自分の解釈を押し付けたりする言葉が加わると、謝罪ではなく評価や管理として受け取られてしまいます。
Aさんがかつていじめられた相手に再び「見下された」と感じたのは、言葉の奥にある力関係を、トラウマ体験を通じた敏感な感覚で読み取ったのかもしれません。
◆小林いさむ(こばやし・いさむ) 公認心理師
対人コミュニケーションの心理学を専門とし、職場や日常の人間関係における信頼関係の築き方をテーマに発信・相談対応を行う。個人向けカウンセリングのほか、対人関係に関する情報発信にも力を入れている。人間関係や対人コミュニケーションに関する心理学を、noteや音声配信などで発信中。
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