福岡を拠点に活動する100歳の現役マジシャン男性がいる。「天進斎乱万(てんしんさい らんまん)」さん(本名・小野進)だ。「笑いと健康」を実践しているNPO法人「博多笑い塾」(小ノ上マン太朗・理事長、本名・小野義行、会員数約100人)に所属し、100歳の誕生日を迎えた先日2月6日には、同会による「百寿を祝う会」が催された。百寿を迎えても元気にステージに立ち続ける乱万さんを取材した。
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今年(2026年)2月6日、福岡市内の料理店で、博多笑い塾のメンバーら40人が集まり、乱万さんの100歳を祝う会が催された。息子さんに車椅子で連れられ、桃色のちゃんちゃんこと帽子をプレゼントされた乱万さんは、「今日は私の『100年に一度の誕生日』にお集まりいただきありがとうございます」と挨拶。会場は和やかな笑いに包まれた。
午後からは博多笑い塾のメンバーたちが踊りや楽器など祝いの芸を次々と披露。乱万さんは最前列に座って楽しんだ。マジックを披露するつもりはなかったそうだが、仲間たちの芸を観て、いてもたってもいられなくなったのか、「ひとつくらいやらないかん」と立ち上がり、持ちネタのマジックを披露し始めた。
手に持っていたのは紙テープ。「私と絆を結びたい方、両方の端を持ってください」。乱万さんがそう言って、仲間の2人がテープの両端を握る。すると、乱万さんは紙テープの真ん中を切り、ポケットから塩を出した。
「いいですか、みなさんと一緒になりますよ。もし(紙テープが)切れていたら、みなさんとの絆も切れてしまいます。では、切れないように、じわーっと引っ張ってください」
両端でテープを握っていた人がおそるおそる引っ張ると、切ったはずの紙テープは元通りに!会場からは「おお、すごい!」と拍手喝采。乱万さんは「こうやって喜んでいただけると、20歳は若返りますね」と満足そうにほほえんだ。
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乱万さんは1926(大正15)年生まれ。現在の大分県日田市出身。15、16歳のころは小倉の問屋で丁稚奉公。1942(昭和17)年、17歳のとき佐世保海軍軍需部に徴用され、その後赴いた上海では、現地で陸軍に入隊。第一線に行くことなく終戦を迎えた。
戦後は、材木伐採・運搬会社や商社で働き、1958(昭和33)年、32歳のころ福岡市西区で独立開業し、時計や宝石などを販売して生計を立てた。
独立当初は外交販売の営業経験もなく、街に出ても時計はさっぱり売れなかった。肩を落として帰宅すると、奥さんが赤飯を炊いて励ましてくれた。「おかげで踏ん張って仕事を続けることができました」と乱万さん。
マジックとの出会いは40代のころ、中洲のスナックに行ったとき、ママがハンカチのマジックを見せてくれたのがきっかけだった。10代のころから左耳が悪く、仲間が歌うようにカラオケも歌えない。「マジックなら歌を歌わなくてもコミュニケーションがとれるし喜んでくれる」と、以来、趣味でやるようになったという。
外交販売ではマジックが役立ったことも多々あったそう。「訪問先でお子さんにマジックをみせると『ママ、面白い人がいるよ』と母親を呼んでくれて、それで売れたこともよくありました」と振り返る。
「もっとマジックを極めていきたい」と、本格的にマジックに取り組むようになったのは60歳の頃から。マジッククラブに通って腕を磨いた。初舞台は70歳。女性の体が消えるイリュージョンマジックに挑戦したという。
現在、レパートリーは約200。本や動画でも学び、自分で開発したものもある。得意なのはリングやロープを使ったマジックだ。道具には「家1軒建つほど費やした」といい、自宅ではマジック道具が山積みになっている。
「笑いと健康」をテーマに活動を続けるNPO法人「博多笑い塾」に入会したのは80歳のころ。同塾は「笑いが自然にあふれる環境(人間関係)を自らが作り上げていくことが健康や長生きに繋がる」とし、所属する「笑招人」が、冠婚葬祭やお祭りなどのイベントで笑いの出前を行っている。乱万さんもその一員となり、以来、現在に至るまで、ご長寿マジシャンとして敬老会、高齢者教室などで年に20回ほどマジックを披露。自宅では月2回、マジック教室も行っている。
「20年以上の付き合い」という小ノ上マン太朗理事長は「乱万さんは自ら楽しみながら、いつも手と頭を使って、今度はどんなふうにすれば観客を喜ばせることができるか、練習や工夫を怠りません。それこそが生きがいであり、長生きの秘訣だと思います。彼の芸を観た人はみんな喜び、素敵な笑顔になります。私たちの会ではそれを『喜笑(きしょう=希少)価値』と呼んでいます(笑)」と話す。
ロープ、トランプ、ハンカチ、カードなど簡易なマジック道具一式を入れた手さげカバンを手元に置いて、日々の練習を欠かさず、外出時には必ず持ち歩く乱万さん。「どこで誰が言ってきてもパッとすぐできるように持っているんです。マジシャンの一つの心得としてね」。今後も毎月1、2回程度、博多笑い塾が催すステージなどに出演する予定だ。
「ひゃくさい」の「ひゃく」は「飛躍」とも読める。「最近は足が弱くなってね、ステージでずっと立ってやるのはきついので、これからは車椅子に座ってできるマジックをいま考えています」。常に目標をもって「ひやく」を目指す乱万さん。命あるかぎり、これからもマジックを極めていくつもりだ。