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京都・錦市場の名店「大おかみ」に意外な趣味 87歳がホテルでディナーショー「かわいいもんでっせ」

国貞 仁志 国貞 仁志

 「京の台所」と呼ばれ、大勢の観光客でにぎわう京都市中京区の錦市場商店街。そのほぼ真ん中に京都人の味覚に寄り添ってきた3代続くだし巻き専門店がある。

 昭和3(1928)年創業の三木鶏卵(中京区錦小路通富小路西入ル)。

 錦の地下水を使い、利尻昆布と厳選した削り節でおだしを取り、細長い銅製の焼鍋で職人が手前から奥へ素早く巻く「京巻き」と言われる技法で作る。

 高島屋や伊勢丹など京都市内の「デパ地下」にも店を出し、その名は全国にとどろく。

 大おかみの三木貴子さん(87)は20歳のときに京都府外から嫁いできた。店の切り盛りに忙しい中、2代目だった亡き夫と45年前に趣味で始めたのがシャンソン。

 昨年11月上旬、三木さんは中京区のホテルで2年ぶりにディナーショーを催し、友人ら約100人が集まった。ドレスアップした三木さんの若々しい声としぐさにやわらかな空気が流れた。

 「シャンソンは(曲の)短い間に人生を歌いますわな。悲しみにつけ喜びにつけ、口ずさんでいたら涙はこぼれませんわ」と、錦市場とともに生きた人生を重ね合わせる。

 三木さんは愛知県犬山市の犬山城下に生まれた。「早く京都になじまなあかん」との思いで、京都の伝統が息づく錦市場のしきたりを学んだ。

 幼い頃からお琴や三味線、茶道など「和もの」で育ったというが、フランス文学や文化に関心のある夫の敏弘さんの影響を受け、40歳を過ぎて一緒にシャンソンにのめり込んだ。

 京都で長年シャンソンの指導に当たった故・菅美沙緒(すが・みさお)さんの教室に通い、発表会のステージに立ってきた。最近は月に2回、自宅で個人レッスンを受ける。80歳を過ぎてからホテルの宴会場で年1回のディナーショーを開くのが恒例となった。

 「芸事は何でもそうですけど、シャンソンは歌い手の人柄が表れます。私のは、かわいいもんでっせ」とお茶目に語る。

 本業の三木鶏卵では、「いつも明るく、内にも外にも気配りを忘れずに」をモットーに店頭で接客した。職人と一緒にだし巻きを作ることもあり、全国各地の百貨店で開かれる京都の物産展には自ら出向き、京のだし巻きを広めてきた。

 「北から南まで全国47都道府県に行きました。職人を連れてハワイの『京都展』にも行きました。年の暮れになると、錦(市場)の店は忙しかった。殺されるかと思うぐらい」と笑い飛ばす。

 つらいこともあった。7年前に最愛の夫、敏弘さんに先立たれた。昨年の夏は自宅で尻もちをついて大腿骨を骨折し1カ月間入院した。それから2カ月間のリハビリ。恒例にしていたディナーショーも中止した。両足でしっかり歩けるようになったのは、この秋からだ。

 11月8日、2年ぶりに開いたショーでは華やかな緑の衣装を着て登場。「わたくしは、一片の花びらを残して人間味のある歌ができたら、と思って今晩になりました。最後までどうぞよろしく」とあいさつ。師と仰ぐ菅さんが訳詞した曲を中心に、1、2部構成で計11曲を披露した。

 ピアノとチェロの生演奏に合わせ、しっとりと情感を込め、人生の哀歓を歌に込める。時に膝を曲げてかわいらしく、声色を変えて。久々のステージを終え、「シャンソンは生きがい。人というのは生きがいがないといけません」と力を込める。

 三木鶏卵は3年後に創業100年を迎える。「錦も通られる方が昔と変わってきました。外国人ばっかり。それでも食文化は、いいものは残ってます」と時代の移り変わりを見つめる。

 100年の節目は、自身にとっても90歳の節目。それまで元気で、歌に人生を重ね、謳歌したい。

 「人生は一抹の夢でございまして、一期一会を大切に生活していきたいと思ってます」。その言葉はシャンソンの一節のようだった。

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