プロ野球キャンプで活気に沸く沖縄、本島から南西へ509キロ、台湾までわずか111キロの距離に位置する国境の島・与那国島は、全く別の空気を纏っていた 。プロ野球取材一筋の「アラ還」記者が初上陸したその島は、南国のイメージを覆す烈風と、神秘的な神事「マチリ」が息づく場所だった。地図の端っこに生きる人々の「ホンネ」と「平和への願い」を綴る。(全4回の3回目)
与那国駐屯地の存在をめぐる、一連のデリケートな問題。若いインテリジェンス(情報屋)の一人は「国境の島である事実は動かないわけだし、僕自身、ここに自衛隊の基地があるのも仕方ないと思っている。駐屯地の前で『自然を壊すな!』とか反対する人もいたけど、そういうのは大半が島外から来た活動家。沖縄本島の米軍基地に反対するアレと似てるんです」と冷ややかに話す。
アルコール度数が60度と与那国島でしか作られない「花酒(泡盛)」を嗜んでいた50代は「知ってるか?この島は駐在所が2つ。警官は石垣島の八重山警察署から派遣された2人がいるだけさ。事件、犯罪なんて何もないけど、もし、あったらどうすんの?自衛隊の皆さんに守ってもらうしかないさ…」と皮肉を込めて笑った。ともに完全肯定とは言いがたい複雑な感情が底意にある。
「聞いた話ですが…」
与那国島は15世紀末に島を統治した女酋長・サンアイ・イソバの伝承、島に漂着した犬と女性が洞窟(イヌガン)で一生を暮らしたという悲哀話など、伝説多き国境の島だ。島の名所である「軍艦岩」「立神岩」「人面岩」のどれもが神秘的。それだけに町民は他の沖縄の島と同様、神々に対して深い畏怖も持つ。
「聞いた話ですが、自衛隊の基地を作る際、絶対壊してはいけない大岩をくだいてしまった。すると後に工事に携わった土建関係者が不幸にあったり、会社が倒産したそうです。やはりここは島自体に神様が住む場所。バチが当たったと噂されたそう。基地ができたことで与那国馬の水飲み場も壊されているし、かわいそう…」と40代の女性は教えてくれた。
「自衛隊だけの基地の島になるかも」
次第に基地に対しての否定的な声が筆者に耳打ちされてくる。
「基地が作られ、増強されればされるほど、この島が一番に狙われる可能性が出てくる。今の首相さんももう少し、中国に対して押したり引いたりの発言で対処できなかったのか。結果的に戦争でも起きたら、小さな端っこの島にいる私たちに迷惑が掛かるんだ」と嘆く70代のインテリジェンス。
他にも「道が整備できたり、島の小中学校の給食が無償化できるのも裏で防衛費があるから。でもこれでいいのか、と思ってしまう。国は本当に巧妙に私たち町民の生活に入り込んでいる。有事に向けた佐賀県への集団避難、疎開の事案も町民説明会で話し合ってるが、牧場経営する町民の中には『牛や山羊に餌もやれず、そのままにして逃げるなんてできない。わしはここで死ぬ』と今も足並みは全然揃っていない」など実情を明かしてくれたのは別の50代。そして、さらにこう言い放った。
「何年、何十年後には町民を全員離島させ、与那国島は自衛隊だけの基地の島になるかも。考えたくはないけど…」
阪神タイガースのロゴが入った軽自動車
まだまだ旅は続く。島をバイクでブンブン回ってると阪神タイガースのロゴが入った軽自動車を発見。阪神推しのデイリースポーツでお世話になっている一員としてこれまた、素朴な疑問が生じる。島には野球、そして阪神ファンがいるのだろうか。
宿の女将は「そりゃ、いますよ。まず、過去に元プロ野球投手の村田兆治さん(享年72歳)が野球を教える振興活動で来島され、講演会もしていただきました。その影響もあってか、町民の中で子どもも大人も野球は人気で、高校野球の季節でも地元が出ると畑仕事などは完全に中断されるぐらい」と話す。
村田兆治さんといえば「マサカリ投法」と呼ばれるダイナミックな投球フォームで通算215勝をマークし、名球会入りしたレジェンドだ。22年間の現役生活を終えた後は評論活動しながら「離島甲子園(全国離島交流中学生野球大会)」を提唱。全国の離島を巡って開催するのをライフワークにしていた。
さらに女将は阪神についても「特に前の町長は大の阪神ファンでどこかのオープン戦にも見に行ってきたとか。あとは酒造会社の社長さんとかも阪神好き人間。島にはけっこういるんじゃないかしら。昨年、すごい早さで優勝したんでしょ?すごく盛り上がっていたと思いますよ」と笑顔で教えてくれた。
島のテレビのチャンネルはNHK総合、Eテレ、民放2局。そんな中でも島の有力者たちが阪神ファンであるという事実。筆者の仕事部門とあって、是非会って野球談議の一つでも…と思ったが、時間の関係もあり、残念ながら会えずじまいとなった。
野球という国民的娯楽スポーツが島の人たちに愛されていることを知り、これはこれでひと安心した。そんな愛すべき娯楽を町民から奪ってはならない。格好付けても仕方ないが、本当にそう思った。邪魔するな、と。