育児休業をとって子育てに専念している30代のAさんは、腕の中で眠るわが子の寝息を聞きながら、スマートフォンの画面を見つめていました。画面に映っていたのは、職場の上司から届いた「復帰後の席を空けて待っている、期待している」という温かいメッセージでした。
しかし、片道1時間の通勤ラッシュと、時短勤務でも定時には帰れない部署の実態を思い出すたび、Aさんの気持ちは重くなります。そんな彼女がすがるように見つけたのは、自宅勤務が可能な他社の求人でした。
この転職を進めたいと考えたAさんは、さっそく夫に相談します。しかし夫から返ってきた言葉は応援や賛成ではなく、「給付金をもらいながら他社へ行くなんて詐欺みたいなもんだ」「バレたら会社にいられなくなるぞ」という非難の言葉でした。
会社への義理と育児との両立という現実の狭間で、彼女は完全に追い詰められていました。もし転職活動が露見したら、会社は何かペナルティを課すのでしょうか。社会保険労務士法人こころ社労士事務所の香川昌彦さんに聞きました。
転職活動自体は禁止されていない
ー法律上、育休中に転職活動をすること自体は禁止されていますか?
育休中の転職活動自体は法的に禁止されておらず、何ら問題はありません。
そもそも育児休業は、労働者が子育てのために休業できる権利であり、その期間中に個人のキャリアをどう考えるかは自由です。実際に育児を始めてみると、「思っていた生活と違う」「今の働き方では両立が難しい」と気づくケースは多々あります。そうした状況の変化に伴い、より良い環境を求めて転職活動を行うこと自体は、労働者の権利として認められています。
ー結果的に復帰せずに退職・転職した場合、受給した「育児休業給付金」は返還しなければなりませんか?
原則として、返還する必要はありません。育児休業制度はあくまで「職場復帰を前提」とした善意に基づく制度ですが、復帰の前後に事情が変わって退職に至ることは十分にあり得ます。例えば、「保育園が見つからなかった」「自身の体調や家族の状況が変わった」など、復帰したくてもできない状況になることもあるでしょう。
結果的に復帰が叶わず退職したとしても、それまでの受給が遡って取り消されたり、ペナルティとして返還を求められたりすることはありません。
ー辞めるつもりで育休を取ったとみなされた場合、不正受給になるリスクはありますか?
その場合は不正受給とみなされ、給付金の返還を求められるリスクがあります。もし育休取得前にすでに転職先の内定を得ていたり、退職することが確定している状態で育休を申請・受給したりした場合は、制度の趣旨に反するため不正受給となると考えられます。
また、育休期間中に次の就職先が決まったにもかかわらず、「育休期間が残っているから」と給付金をもらい続け、満期になってから転職するようなケースもアウトです。転職先が決まった時点で復帰の意思がないことが確定するため、その時点で給付は打ち切られるべきだからです。
実際に、クライアントから、入社して短い期間で育休に入り、復帰せずにそのまま辞めてしまうケースについて伺ったこともあり、企業側が頭を抱えている実情があります。
制度は性善説で成り立っていますが、明らかに最初から復帰の意思がなかったことが立証されれば、法的な責任を問われる可能性があることは理解しておく必要があります。
◆香川昌彦(かがわ・まさひこ)社会保険労務士/こころ社労士事務所代表
大阪府茨木市を拠点に、就業規則の整備や評価制度の構築、障害者雇用や同一労働同一賃金への対応などを通じて、労使がともに豊かになる職場づくりを力強くサポート。ネットニュース監修や講演実績も豊富でありながら、SNSでは「#ラーメン社労士」として情報発信を行い、親しみやすさも兼ね備えた専門家として信頼を得ている。