現代では、「価値」が数字や他者評価によって決められる場面が少なくありません。SNSの「いいね」の数や口コミ評価など、見知らぬ他人が作った物差しに自分を合わせることが、世間的には”正解”とされがちです。hitujiさん作の漫画『眩しくて、もう何も見えない』は、そんな現代的な価値観のすれ違いが切ない恋愛を通して描かれています。
物語は、主人公・鳴尾が職場の同僚である安田に思いを告げる場面から始まります。鳴尾は、眼鏡をかけた素朴なままの安田に惹かれていましたが、安田は「僕みたいなダサ男は無価値だって今まで散々刷り込んできたくせに」「納得できない」と告白を拒み、怒りをにじませて去ってしまうのでした。
鳴尾の仕事は、インターネット上にあるコラムの閲覧数を伸長させることです。不安やコンプレックスをあおるタイトルほどクリックされる現実の中、「職場で女子がドン引きするダサい男の特徴7選!」といった記事を目にし、鳴尾はそのような世間の評価が安田に自己否定を植え付けてきたのではないかと気付きます。
そして鳴尾は同僚に、あおり記事ばかりになることへの違和感を訴えますが、「ビジネスだから」「数字がとれなきゃ意味がない」と一蹴されてしまいます。そんな鳴尾は心の中で「でも私だけは、数字で測れないあなたの価値を信じてみせる」と安田への気持ちを強く持つのでした。
やがて鳴尾と安田は恋人になりますが、安田は次第に“正解”をなぞるように変わっていきます。正解とは、例えば流行の髪型、人気の店、眼鏡からコンタクトに変えていくことです。これによって安田は順調に周囲から好感を持たれるようになっていきますが、鳴尾はかつての素朴な安田の姿を恋しく感じるようになります。
そして、ある日のデートで「なんか変わったね」と伝える鳴尾に、安田は「君といたいから努力した。それだけなのに」と言い残し去っていきました。その後、安田は転職を決めて2人は別れます。
最後に2人が話し合ったとき、鳴尾は安田に「もう髪型とか…メガネとか…戻さないの?」と聞きますが、安田は「戻さない」「君が好きになってくれた冴えない僕のこと、僕は嫌いだから」と断言します。その後、去っていく安田を見送りながら、鳴尾は美しい夜景を前に立ち尽くすのでした。
恋愛を通して価値観の相違を描いた同作について、作者のhitujiさんに話を聞きました。
誰かが悪いわけではなく、ただみんなが目の前のことを頑張っているだけ
―同作を描いたきっかけがあれば教えてください。
2022年に、漫画家の意志強ナツ子先生が主催されているマンガ作話講座に通っており、その最終課題として描いたネームでした。講座終了後にそのネームを清書してpixivなどに投稿したのがこの漫画です。
ー制作されるにあたり、意識された点を教えてください。
着想の出発点は、「誰かが悪いわけではなく、ただ皆が目の前のことを頑張っているだけなのに、社会や組織の仕組みによってボタンの掛け違いが起きてしまうことってよくあるよなぁ、そのやるせなさを描けたら面白そうだな」というところだったように記憶しています。
そこに、「数字や他者評価に翻弄されて、目の前が見えなくなってしまうことってあるよな」「漫画で好きなキャラが成長していくのを、ちょっと寂しく感じてしまうことってあるよな」といった普段の実感を織り交ぜていきました。
作中の安田と鳴尾の間で起きるすれ違いも、形は違いますが、そういった「構造的なやるせなさ」を描こうとした結果だったと思います。
ー安田さんと鳴尾さんのモデルはいますか?
安田は漫画の描き手としての私であり、鳴尾はWebサービスを運営していた頃の私に近い存在です。
この二人は私の中に同時に存在していて、けれどいつも衝突しているような気がします。
そういったしんどさも、にじみ出てしまったかもしれません。
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▽pixiv
https://www.pixiv.net/users/11780205
▽Instagram
https://www.instagram.com/hituji_htjm