単身赴任で家族と離れて暮らすうちに、妻への愛情が冷めてしまった夫。月に数回帰宅しても妻からは批判ばかりで、子どもとの距離も縮まらない。このまま家族の元に戻るべきか、それとも……。看護師、僧侶、スピリチュアルケア師の玉置妙憂さんが、愛情が冷めた夫婦関係の向き合い方について語ります。
【相談】離れて暮らすうちに妻子への愛情が冷めてしまいました
単身赴任で家族と離れて暮らして2年が経ちます。妻は3歳の息子を一人で育てており、大変なのは理解しています。しかし、正直に言うと、離れて暮らすうちに妻への愛情が冷めてしまったことに気づきました。
妻は元々神経質な性格でしたが、出産後はさらに細かくなり、息子の世話や家事について私のやることなすこと気に入らない様子でした。月に2、3回家に帰るたびに「子どもの好きなものもわかってない」「掃除の仕方が下手すぎる」「いつも外食ばかりで楽でいいね」など、イライラをぶつけられている気がします。
挙句、先日は「帰ってきても何にもできないじゃん!いない方がマシ」と言われてしまいました。元々子どもも家事も苦手で、妻の指摘ももっともなので言い返すこともできず、いつも「ごめん」と謝っています…。
週末に帰宅しても、息子は妻にべったりで、私が近づいてもどこか他人のような反応をされてしまいます。子どもと公園に行っても何をして遊べばよいかわからず、妻からは「普段一緒にいないからそうなる」と責められます。正直、他の父親のように我が子への強い愛情が湧かない自分が情けなくなります。
妻からは「早く転勤を終わらせて帰ってきて」と言われますが、正直なところ、また一緒に暮らしたいという気持ちが起きません。妻と息子は私がいなくても十分やっていけているように見えるし、私自身も一人の生活の方が楽になってしまいました。
もう一度一緒に暮らすことを考えると、家族への責任を放棄して逃げてしまいたい気持ちになります。
(40代・男性)
【玉置さんの回答】問題は「愛が冷めたこと」ではありません
ああ、これは確かにお辛いですね。しかし、あなたのお話を伺う限りでは、愛が冷めているのはあなただけではないようです。奥様の側も、すでにとっくに気持ちは離れているように見受けられます。
愛のない2人が人生を共にすることには無理がありますし、そこに意味を見出すことも困難でしょう。であれば、時期を見て離れることは、決して逃げではなく、むしろ理にかなった選択です。
そもそも、人間は生物学的に「一生添い遂げること」を前提とした生き物ではありません。生物人類学者ヘレン・フィッシャー氏の説によれば、人間の自然な交際スタイルは「短期的な愛着形成 → 出産・子育て → 愛着の希薄化 → 新たなパートナー形成」という「シリーズ・モノガミー(連続的一夫一妻)」です。つまり、あなた方ご夫婦の「愛が冷めた」という現象は、何ら異常でも失敗でもなく、ごく自然なこと。むしろ、生物として正直に生きている証とも言えます。
つまり、問題は「愛が冷めたこと」ではなく、「努力をしない」あるいは「努力する意志すらない」という姿勢です。
人間関係は、自然にうまくいくものではありません。とくに夫婦関係は、「文化的に構築された人工的な関係」であり、互いの不断の努力によって成り立つものです。その基本的な認識が、あなたにも、奥様にも、決定的に欠けているように思えます。
あなたはこれまで、どれほど真剣に努力してきましたか。「自分は頑張った、でも妻が…」とおっしゃるかもしれませんが、その「努力」とやらは、本当に「無償の愛」だったでしょうか。相手からの見返りを求めず、ただ相手の幸福を願って注いだ愛情だったかどうか。
もしそうであったとして、なお相手が受け取ることを拒んだのであれば――残念ながら、その関係はもう終わっているのです。引き際を見誤らないでほしいと思います。
そして、最後にひとつ。もしかするとあなた方は「子どものためには一緒にいた方がいい」とお考えになるかもしれません。でも、それは違います。自分が動けない理由を、子どもという存在に転嫁してはいけません。夫婦の冷え切った空気、怒りと諦めの混ざったようなやりとりを日常的に見せられることが、子どもにとってどれほどのストレスになるか、想像してみてください。
子どもにとって本当に必要なのは、「両親がそろっていること」ではないのです。「安心できる空間」「愛されている実感」「心地よい暮らしの中で育まれる自己肯定感」です。親自身が不幸で、満たされていないままでは、そうした環境を与えることは到底できません。
ですから、「子どものために我慢する」という考えは、今すぐに手放してください。それはただの自己欺瞞であり、結果的には誰も幸せにしない選択ですから。
――さて、少しは霧が晴れたでしょうか。どうすべきか、もうあなたの中では答えが見えているはずです。あとは、腹をくくるだけです。
◆玉置妙憂(たまおき・みょうゆう)
看護師。僧侶。2児の母。専修大学法学部卒業後、法律事務所で働く。長男が重度のアレルギーがあることがわかり、「息子専属の看護師になろう」と決意し、看護学校で学ぶ。看護師、看護教員の免許を取得。夫のがんが再発。夫は、「がんを積極的に治療しない」方針をかため、自宅での介護生活をスタートする。延命治療を望まなかったため、自宅で夫を看取るが、この際にどうしても、科学だけでは解決できない問題があることに気づく。夫の“自然死”という死にざまがあまりに美しかったことから開眼し出家。高野山にて修行をつみ高野山真言宗僧侶となる。その後、現役の看護師としてクリニックに勤めるかたわら、患者本人、家族、医療と介護に携わる方々の橋渡しとして、人の心を穏やかにするべく、スピリチュアルケアの活動を続ける。訪問スピリチュアルケアを通して、患者のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)とQOD(クオリティ・オブ・デス)の向上に努める。非営利一般社団法人「大慈学苑」をつくり、代表を務める。課題解決型マッチングメディア「リコ活」でコラムを執筆。
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