大阪市・夢洲で開催中の大阪・関西万博で、京都の老舗織物メーカーの作品が会場を華やかに彩っている。緞帳(どんちょう)や室内装飾を手がける川島織物セルコン(京都市左京区)。明治期から歴代の万博に作品を納めてきた実績があり、今回も迎賓館やEXPOホールなど主要施設の装飾を担った。社を挙げた一大プロジェクトとは-。
創業は江戸期の1843(天保14)年。着物の帯や祇園祭などの祭礼幕に始まり、カーテンや床材、自動車の内装など幅広いインテリアを手がける。都心から離れた左京区静市市原町の本社工場には幅約24メートルの大規模な織機が現役で稼働し、職人が多くの色糸を操って緞帳や美術作品を織り出している。
万博との縁は約140年前にさかのぼる。1886年に2代目の川島甚兵衛が織物研究のため欧州へ渡り、西洋のゴブラン織の技術を吸収。89年のパリ万博に織物を初出品したのが始まりだ。以降、数々の万博にタペストリーや装飾品を出し、独自の染織技術や創作力を磨いてきた。同社の佐藤修マーケティング部長は「万博への挑戦があったからこそ今がある。会社にとって非常に重要な時期だった」と説明する。
大阪・関西万博では、20以上の施設やパビリオンの内装を手がけた。各国の要人を歓待する迎賓館もその一つ。「日本の現代美術を取り入れたい」という建築家の意向を受け、現代美術家の手塚愛子さん(49)と川人綾さん(37)にデザインと監修を依頼した。
手塚さんは京都市立芸術大などで学び、今は独ベルリンと東京を拠点とする。迎賓館では、バンケットルームの2作品を担当した。このうち1点は、高さ4メートル、幅13メートルを超す大作。2枚の織物に17世紀の世界地図や江戸期の大阪、日本初のパスポート、携帯電話の絵文字など時代の象徴を緻密に織り込んだ。2枚は一度ほどいて織り直した糸でつながれ、過去と現在をつなぐ万博を表現する。
川人さんは、京都で伝統的な染織技術を学び、今も京都府を拠点に活動する。手作業で生じるゆがみや錯視から着想した「制御とズレ」をテーマに、染織技術や神経科学に裏打ちされた作品を生み出してきた。迎賓館では、赤い壁や床が鮮烈な印象を与えるダイニングルームの3作品を手がけた。
ダイニングテーブルの正面を飾る作品は、川人さんがモチーフとしてきたグリッド(格子)模様を1800色の糸で織り上げた。織物ならではの温かみと多色の幾何学模様による揺らぎが共存する作品だ。川人さんは「万博は多様な文化背景の人が集まり共存する場。自分が見ている世界が完全に正しいのか、疑うような作品を作りたかった」と力を込める。
制作には、アーティストや建築家の意図を織物に落とし込む技術者の存在が欠かせなかった。メイン会場の一つ「EXPOホール」では、高さ15メートル、直径50メートルの円形劇場の内側を白く波打つ短冊状の布が包み込む。映像を投影するスクリーンとしての機能性とデザイン性を両立するため、技術者らが素材選びやカット・縫製方法など試行錯誤を重ねたという。
手がけた商品開発部の平山弘昭さん(58)は「一つの空間でこれだけ見せるものは初めて。二度とない機会だった」と振り返る。吉留美津久さん(66)は「制作中は不安だったが、想像通りにできて良かった」と喜ぶ。
本社に併設された川島織物文化館では、企画展「ゆめ織るEXPO―万博と織物の意外なつながり―」を開催している。10月31日まで。万博閉幕後には会場に出品した作品の一部も展示予定という。平日午前10時~午後4時半。無料。要予約。