愛犬との散歩にいつもついてきたキツネ一家 その母キツネが目の前で交通事故死「ゆっくり走ろう」看板設置した人に話を聞いた

岡部 充代 岡部 充代

 2024年9月中旬、兵庫県丹波篠山市口阪本の市道に大きな看板が設置されました。キツネの写真に『動物注意 ゆっくり走ろう』の文字。キツネを中心に、人の暮らしのそばで生きる野生動物の姿をSNSで発信している『キツネフレンズ』の阪下伸二さんが設置したものです。看板には、阪下さんの様々な思いが込められていました。

 

野生のキツネが犬と一緒に散歩

 阪下さんが野生の子狐・コンちゃんと出会ったのは2019年5月。愛犬のラブラドールレトリーバー・ラムちゃんの散歩をしていると、少し離れた茂みの中から親子のキツネがのぞいていました。その後、母狐は姿を見せなくなりましたが、コンちゃんはしばしば現れ、ラムちゃんとの距離もどんどん縮まっていったそうです。

「最初は物陰に隠れてこちらを見ていたのですが、半年、1年とたつうちにラムと並んで歩くようになりました。キツネは警戒心と同じくらい好奇心が強い動物らしく、特に子どもは好奇心旺盛だそうです」(阪下さん)

 警戒心より好奇心が勝ったということでしょうか。とはいえ、犬と一緒に散歩する野生のキツネがいたとは驚きです。

 

 成長したコンちゃんは2021年春、子どもたちを連れてやって来ました。息子のクマくんと娘のヒメちゃんも散歩に同行するようになり、年齢を重ねて歩くのが難しくなったラムちゃんを親子でやさしく見守ってくれていたそうです。やがてラムちゃんはカートに乗って散歩するようになるのですが、コンちゃんファミリーはやはりカートの後ろをついて歩いたのだとか。そこには間違いなく、種を越えた絆が存在しました。

 2022年6月、ラムちゃんが19歳3か月の天寿を全うすると、「もうコンちゃんは来ないだろう」と阪下さんは思っていました。ところが、変わらず会いに来てくれたのです。変わったのは、遠くを見つめる時間が増えたこと。

「ラムが旅立ったことを理解していたのでしょう。僕としては、悲しみを分かち合える存在がいてくれて救われました」(阪下さん)

 

突然の別れ

 2022年春、2023年春にも出産したコンちゃんはファミリーで姿を見せてくれていましたが、2024年2月、突然のお別れとなりました。交通事故に遭ってしまったのです。

「道路を渡り切ったと思った次の瞬間、急に引き返そうとしたところに車が来て……」(阪下さん)

 目の前で大切な存在を失った阪下さんの衝撃、悲しみは察するに余りあります。SNSへの投稿も迷いましたが、野生動物の現状を知ってもらうため、そして、コンちゃんを愛してくれたフォロワーさんたちへの報告のため、あえて投稿しました。キツネフレンズのインスタグラムには、こう書かれていました。

「車は走り去りましたが、猛スピードの車には避けようがない事故でした」

 そう、車は法定速度をはるかに超えるスピードで走っていました。全長約3キロの直線道路。その間、信号は3つしかなく、直線に入りかけのところがちょうど下り坂……スピードを出す条件が揃っている場所だと言います。

「去年1年間に、キツネ以外の野生動物が3頭、事故に遭っているのを見ました。それ以前に、人間の子どもたちが危ないからと、保護者の方々が市に注意喚起の看板設置を要望したそうですが、市は動いてくれなかったと聞いて、これは自分がやるしかない!と思ったんです」(阪下さん)

 

 たまたま一般企業が所有する看板に“空き”が出て、2年間のリース契約を結ぶことができた阪下さん。費用はコンちゃんファミリーの写真集やポストカードなどを販売した収益の一部と、写真展開催時に募金箱を置いて集まった寄付などを充てましたが、残りは阪下さんが自費で賄いました。そうしてまでも看板を設置すべきだと考えたからです。

「車優先の社会で危険にさらされているのは子どもたち、動物たち、もちろん大人もですが、看板を設置することで“安全の輪”を広げられればと思っています。コンちゃんと出会った頃は、どこから来てどこへ帰るのか分からなかったのですが、ある時期から道路を渡る姿をカメラで撮らせてくれるようになり、遠くまで案内してくれるようになりました。今思えば、危険を冒して来ているんだよ、この姿を撮っておいてよ、と言いたかったのかもしれません」(阪下さん)

 コンちゃんは命懸けで私たちに大切なことを教えてくれたのです。

 

 阪下さんは9月に神戸市で初の写真展を開催しました。そして、会場を訪れた地元・丹波篠山市の篠山鳳鳴高校の校長先生から依頼を受け、学校教育の一環として同校に写真約50点を展示。今後は関東でも開催したいと考えています。

「人間と動物の共存は永遠のテーマだと思いますが、SNSや写真展、そして看板を見た方たちが、自分たちは野生動物と一緒に生きているんだ、その動物たちにも家族がいるんだ、ということに気づいて、周りの人たちとそのことについて話し合うきっかけになればうれしいですね」(阪下さん)

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