社会には残酷な一面がある。生まれ持ったどこかが大多数の人間と違っていると、なんとか「普通」を装って生きていかねばならないことが多い。
そうした社会の在り方を変えようと、ユニークな事業に取り組んでいるのが花屋乃かや(かやの かや)さん。
かやさんは自身がADHDであることから生きづらさを感じ、一念発起。発達障害や精神疾患のキャストが輝ける、「発達障害メイド喫茶スターブロッサム」を立ち上げた。
ADHDの特性によって20回も転職
症状の出方に個人差はあるが、ADHD(注意欠陥・多動性症)は話を集中して聞くことが難しい、順序立てて行動することが苦手などの症状が見られる発達障害の一種だ。
かやさんの場合は、会議で浮いた発言をしたり人間関係を上手く築けなかったりして20回ほど転職。セクハラやパワハラを受けることも多く、どの職場でも生きづらさを感じた。
ハラスメントを理由に退社した企業もあったものの、あまりにも転職が続いたことから、かやさんは「私が企業に適応できないのでは…」と考えるように。
実はかやさん、14歳の頃から希死念慮が強く、精神科へ行ったこともある。だが、その時は医師から「精神疾患ではなく、芸術肌なだけ」と言われたそう。
「精神疾患ではなかったら何だろうと考える中で当てはまったのが、発達障害の症状でした。だから、転職歴や出ている症状などを書類にまとめ、改めて精神科へ行ったんです」
すると、ちゃんとした診察や発達障害の検査を受けることができ、ADHDとの診断が下された。自分の特性を知ったかやさんは様々な職種を経験する中で唯一、無理なく働けた「メイド喫茶」の立ち上げを考え始めた。
「もう、メイド喫茶しか自分には残されていないと思いました。それに、今までの離職で自分が何に躓いてきたのかが分かっていたので、それを逆転させれば成功になるのではとも思ったんです」
オープンキッチンでの間借り営業をスタート
初めから実店舗を持つことは無謀。そう思ったかやさんは2021年9月、需要の調査も含め、まずは1日店長システムを導入している店舗にて、イベントという形で「発達障害メイド喫茶スターブロッサム」を初開店する。
キャストは、「君だったら絶対に最高のメイドになれるよ」とのラブコールを浴びせつつ、採用した子たち。
「私自身に飲食店経験が少なかったので、本当に接客業ができるのかを確かめたいとも思いました」
不安に反し、実際に行ってみると業務内容が自分に向いていると感じられた。また、発達障害という共通項目があることで他のキャストと打ち解けられ、人と働く楽しさも味わえたという。
「“かわいいから”という理由で来店してくださるのは、私からすれば望んでいた入口。そこから興味を持ってもらって発達障害を理解してもらったり、『僕もそうなんだ』という自己開示に繋げたりしたかったので」
やりがいを感じたかやさんは2022年9月から、大阪・日本橋にあるオープンキッチン「カフェ・ド・ココ」にて間借り営業をスタート。
正直、1年半ほどは利益が出ているのかと首を傾げる経営状況だったが、かやさんは諦めず、副代表を務めるキャストと協力しながら店舗運営に励んだ。
誰かの記憶の片隅に存在できる店でありたい
経営が軌道に乗ったと感じたのは、間借り営業を始めてから3年が経った2024年のこと。来店客が増えてきたことから、店を開ける日を増やして障害者雇用を本格的に実現したいと考え、実店舗のオープンを目指してクラウドファンディングを実施した。
このプロジェクトには目標達成額を上回る支援が寄せられ、かやさんの夢は実現することに。実店舗は、2024年冬に完成予定だ。
「当店は社労士さんや就労移行支援とも繋がりあるので、福祉的な面でも役立つと思います。『あそこに行けば何らかの元気がもらえる』と、誰かの記憶の片隅に存在できるお店でありたい。人の繋がりが希薄な時代だからこそ、互いに『気にかけてるよ』と伝えられ、発達障害当事者が分かり合える場にしたいです」
そう話すかやさんは、斬新な取り組みにも挑戦中。2024年7月から、お客さんに動画コンテンツを送る「遠隔惑星メイド」の採用にも力を入れている。
「キャストの子が日常的なお話をする動画を作って送ります。ビデオ通話とは違って、話すのが苦手な人でも楽しめますし、1対1で接客することへの不安も払拭できるんです」
特性を活かせ、対等な関係で働ける職場作り
自身が就労で悩んできたからこそ、キャストが働きやすい職場作りに力を入れているかやさん。障害者は低賃金で働かざるを得ない現状があるからこそ、自身のお店ではキャストと主に業務委託契約を結び、本人の能力を精査して頑張った分だけ謝礼に反映する運営スタイルを徹底している。
「私は、本人の能力を他人が決めるのは違うと思っています。本人ができることを伸ばし、能力を評価した上で見合った給料を支払う企業が増えてほしいです」
かやさんは自身がパワハラ被害を受けたことがあるのと、怒られることがトラウマになってしまったキャストも多いため、職場では怒らないと決めている。
「ダメなところを伝えて、『次からこうしよう』と話します。それでもへこんでしまう子には、人格を否定しているわけではないと、しっかり伝えます」
また、キャスト同士の凸凹が上手く噛み合うようにシフトを汲んでいる。
「私も、苦手な数字や経理はサポートしてもらっています。支援者と利用者じゃなくて、共助関係でいたい。人間は対等ですしね」
ひとりの人間としてキャストを大切にしているからこそ、感じる喜びは多くある。
「当店で働くようになったことで自信がついたキャストの子が多くて、嬉しいです。服屋さんに行くのが楽しくなったと話してくれたり、資格を取得する姿を見たりすると、自己成長に繋がっているんだと温かい気持ちになります」
現在、お店にはレギュラーのキャストが8人、遠隔惑星メイドが6人、ピンチヒッターの男装執事が1人在籍中。より事業を拡大し、「エンターテインメント×福祉」を浸透させていくため、新たなキャストも募集中だ。
「発達障害の方だけでなく、精神疾患の方も意気込みや自分の得手不得手得を書いたり、動画にしたりして応募してほしい。遠隔惑星メイドになりたい方の応募も大歓迎です」
13年前、東日本大震災での被災経験もあるかやさんは「明日、後悔しないように今日全部やってみてほしい」と、発達障害仲間にエールも贈る。
熱い想いを乗せた「発達障害メイド喫茶 スターブロッサム」の温かさに、救われる当事者は多いことだろう。