米大統領選の動向ではトランプ氏とハリス氏の初の討論会が行われ、ハリス氏が若干優勢な状況となっているが、今月になり、バイデン政権が日本製鉄によるUSスチールの買収計画で中止命令を出す方向で最終調整に入っていると報じられた。なぜ、バイデン政権はそのような姿勢を取るのだろうか。
この背景には、大統領選を意識したバイデン政権の狙いもあろうが、我々は市場経済、自由貿易に背を向ける米国の姿を認識する必要がある。8年前の米大統領戦では、米国第一主義、保護主義的な姿勢を貫いたトランプ氏が勝利したが、同氏は米国の対中貿易赤字を打開するため、2018年以降4回にわたって日本円で55兆円相当の中国製品に最大25%の制裁関税を課し、中国も報復関税を仕掛けるなど、米中の間では貿易摩擦が激化していった。その後、トランプ政権の4年間で歯車が狂った米国をリセットする狙いでバイデン政権が発足し、バイデン大統領は欧州との関係改善、パリ協定など国際的枠組みへの復帰を進め、アメリカファーストとは距離を置く国際協調主義を強調した。しかし、バイデン政権は中国との戦略的競争を最重要課題に位置付け、新疆ウイグルにおける人権侵害、中国による先端半導体の軍事転用防止などを理由に、中国製品の国内流入を抑えると同時に先端半導体分野で中国への輸出規制を大幅に強化した。また、先端半導体分野において、バイデン政権は中国を排除する姿勢を鮮明にし、先端半導体の製造装置を駆使する日本やオランダ、ドイツや韓国など同盟国に足並みを揃えるよう要請した。
要は、表面上は相反する両政権ではあるが、対中国という点ではバイデン政権はトランプ政権の姿勢を基本的には継承しており、国際協調主義とは主張しつつも、市場経済、自由貿易に背を向ける政策を採っている。特に、同盟国や友好国と中国との自由な経済、貿易に楔を打ち込もうとする点は注目されよう。バイデン政権は国際協調主義を打ち出すが、それは対中国を念頭に置いた国際協調主義と表現できる。米大統領戦まで2カ月を切っているが、トランプ氏だろうがハリス氏だろうが対中国では大きな違いはなく、来年1月に発足する新政権はこの姿勢を継承することになる。
今回の日本製鉄による買収問題も、この一環で捉えられよう。日本企業による対米M&Aは民間同士のやり取りであるが、そこに大きな政治介入が起こっているのが本件だ。今回の買収計画で、日本製鉄は7月に中国鉄鋼大手の宝山鋼鉄との合弁事業(2004年から合弁会社を設立し、自動車向けの鋼板の製造や販売などを行ってきた)から撤退すると発表したが、それでもバイデン政権が難色を示していることからは、米国は依然として日本製鉄が中国とどこかで繋がっているなどと過剰とも言える懸念を持っていることが想像できる。今年4月には、米議会で日本製鉄の中国事業を問題視する声も聞かれ、民主党の上院議員は日本製鉄と中国との関係を精査するよう求める書簡を米国政府に送っている。無論、米国が日本企業に対して直接警戒感を持っているわけではなかろう。しかし、今日の米国は「対中アレルギー」症状のような状況にあり、今後も米中間で経済紛争がさらに激化すれば、あの日本企業は中国企業とどこかで繋がっているなどとして、日本企業による対米M&Aがスムーズにいかなくなるケースも考えられる。米国の同盟国である日本としては、安全保障を理由とする対中貿易規制には積極的に参加する必要があるが、こういった保護主義化する米国の姿も強く認識する必要がある。