猫って「貴方はどこから来たの?」と首をかしげるような場面で突如現れたりしますよね。そして飼わざるを得なくなる…。飼ってみると、その猫チャンの魅力にメロメロになる。猫のあるあるだと思います。
これはきっと、「猫の神様」の仕業だと私は思っています。猫の神様はそれぞれの猫にふさわしい飼い主さんを選別して、最適と判断した人間にちゃんと届くように…仕組んでいるに違いないです。
◇ ◇
尻尾と頭だけにキジ柄が入った白猫、白兵衛(雄猫、年齢不詳)は、いつからそうしていたのか?分からないのですが、気が付くとAさん宅の小屋で寝起きしていたそうです。ふと窓から庭を見ると白兵衛がいたので「ニャア」と鳴けば乾パンをちぎって投げているうちに、少し慣れてきました。そこでねこまんまを与えてみると食べるようになり、それからは勝手口に来てごはんをねだるようになりました。ある年の秋のことでした。
Aさんご夫婦は高齢ですし、猫など飼うつもりは全くなかったのですが、白兵衛のかわいらしさに負けて、寝床を整えてやったりごはんもあれこれ揃えてみたりと、何かと世話を焼くようになりました。でも、白兵衛はAさん宅でごはんを食べ寝起きはするけれども、なかなか懐いてはくれませんでした。畑には一緒についてくるし少しは触らせてはくれるけれども、抱っこは無理でした。
そんな中、3カ月ほど経った12月のある日、ご主人は、年賀状の準備をしていておられたのですが突然腹部に違和感を感じ、自宅から自転車で5分ほどのかかりつけ医さんに向かいました。しかし、残念ながらその途中に倒れ、お亡くなりになってしまいました。後にわかったのですが、大動脈瘤破裂による即死でした。
書斎のパソコンにあった作りかけの年賀状には「新しい友。今年はもう少し距離を縮めたい。」の文言と、どれにするか迷っておられたと思われる大量の白兵衛の写真がありました。Aさんはとても仲のよいご夫婦でしたので、突然に連れ合いを失った奥様は、さぞ深い悲しみに打ちひしがれているかと思いきや、奥様はその後、お葬式の準備やら遺品の整理やら何やらでたいへん忙しく時間を過ごし、気が紛れていたようでした。そして、ようやく一周忌の法要が終わり、それを境に文字通り心にポッカリと穴が開いたような喪失感が湧き上がってきたそうです。この1年間、白兵衛とは付かず離れずの関係で過ごしてきたのですが、一周忌法要の後、白兵衛は突然姿を消してしまいました。
ところが、1カ月ほどして白兵衛が戻ってきました。しかも、若い茶トラの雄猫と一緒でした。この茶トラ猫は、白兵衛とは真逆の性格で大変人懐っこく、奥様と初めて会うなり駆け寄ってきて足にスリスリして、足の間をくるくるとくっついて歩き、当たり前のように家に一緒に上がり込んで、そのまま居ついてしまいました。奥様はこの子を茶々と名付けました。白兵衛はというと、茶々を置いて程なく、またいなくなってしまいました。まるで落ち込んでいる奥様に配慮してぴったりな猫を連れてきましたよ。という感じでした。
茶々は、隙あらば奥様の膝の上に飛び乗り、赤ちゃんのように顔を胸に埋めて眠ります。茶々は、どんなドアも器用に開けますし(もちろん閉めない)、盗み食いは一切しない、超お利口さんでした。
きっと、天国のご主人が仲の良かった奥様と突然お別れしてしまったことが気がかりだったので、「猫の神様」にちょうど良い猫を手配してくれるように注文されたのでしょう。その後、白兵衛はワンシーズンに1回程度、ガリガリボロボロになって帰ってきてはごはんをむさぼり、リフレッシュするとまた旅に出る生活が何年か続いているそうです。もちろん、Aさんは白兵衛を1度捕獲して去勢手術をしてあげたいと思っておられるのですが、触ることも難しくご高齢の奥様おひとりではなかなかうまくいきません。ケージの中にごはんを入れてみても、警戒心が強い白兵衛は、そのごはんには見向きもしないとのことでした。
茶々はというと、とても愛想がいいのでご近所さんにもファンが増え、ご近所さんから奥様に「今日、茶々くんがうちで…」といった報告LINEがあったり猫グッズをいただいたりと、猫が繋いだご縁で楽しくお過ごしの様子でした。
白兵衛のお話には後日談がありまして、茶々を連れてきた翌年、白兵衛はまた別の、今度は三毛猫の女の子を連れてきたそうです。この子は小雪と名付けて現在はご友人のお宅で飼っておられるそうです。
◆小宮 みぎわ 獣医師/滋賀県近江八幡市「キャットクリニック ~犬も診ます~」代表。2003年より動物病院勤務。治療が困難な病気、慢性の病気などに対して、漢方治療や分子栄養学を取り入れた治療が有効な症例を経験し、これらの治療を積極的に行うため2019年4月に開院。慢性病のひとつである循環器病に関して、学会認定医を取得。