先日、筆者が京セラドーム大阪でプロ野球オリックス対阪神を観戦した時のこと。隣に座っていた、初めて日本の球場に来たという21歳の韓国人男性から話しかけられたのを機に仲良くなり、日本の野球がどのように映ったかなど色々と話を聞くことができた。
男性との意思疎通で役立ったのは、翻訳アプリ。最終的には、彼が1週間後に控えていた兵役から帰ってきたら再会して一緒に野球観戦する約束までした。こうしたエピソードを何気なくXに投稿したところ、2万件近い「いいね」と100万件以上のインプレッション(閲覧数)という予想外の反響があった。筆者は普段ネット上の話題を記事にすることも多く、この日の出来事を記しておこうと思いたった次第だ。
突然スマホの画面を見せられ…
6月11日の「関西ダービー」初戦、オリックス側の外野席で1人で観戦していた。期待の若手・曽谷龍平投手が好投を続ける中、5回表の頃だったろうか、隣に座っていた男性が突然スマホの画面を見せてきた。
「ソタニはすごい投手ですね。チームの有望株ですか?」。日本語の横にハングル文字も小さく表示されていたことから翻訳アプリの画面であることを察した。男性はセンターパートの髪型で背が高く、いかにも「おしゃれな韓国人」といった出立ちだ。
とっさに「はい、ファストボールがすごいでしょう?」といった内容を英語で伝えたが自分の語学力では限界があると思い、こちらもスマホを取り出してLINEの翻訳アプリを開いた。ちょうどサードの宗佑磨選手がファインプレーをしたので「あのサード、守備が上手いでしょう」「3年連続で守備の賞を獲っている」と打ち込んだ。即時に韓国語に翻訳された画面を見せると、彼は嬉しそうな顔でうなずき、自分のスマホに「素晴らしいです」と打ち込んで見せてきた。それをきっかけに翻訳アプリと少しの英語・日本語を交えた雑談が始まり、彼の質問に答えたり、逆にこちらから韓国野球について質問したりした。
2年間の兵役の前に…「最後の楽しみ」として1人で日本の野球観戦
WBSC(世界野球ソフトボール連盟)が毎年発表する男子野球の「世界ランキング」で、韓国は、日本・メキシコ・アメリカに次ぐ4位と上位に食い込んでいる。競技人気は日本に引けを取らず、選手や指導者の行き来も多い。男性も大の野球好きで、地元のソウルに本拠地を置く「斗山ベアーズ」のファンだと話していた。
聞くと、来週から2年間の兵役に行かなければいけないという。いわば「最後の楽しみ」として訪れた日本旅行の目玉がこの観戦だったそうだ。日本のプロ野球も映像などでよく見るという彼は、初の現地観戦を心待ちにしていたという。しきりに「今日が(旅行の中で)一番楽しい!」と言っていた。
応援文化の違い
まず彼の印象に残ったのは、応援文化の違いだったようだ。韓国では内野席のステージに応援リーダーやチアガールが上がり、スピーカーで応援歌を鳴らして盛り上がる。日本ではチアガールがスタンドに入ることはあまりなく、外野席の私設応援団がトランペットで演奏する。「迫力があって楽しい」と言っていた。
選手ごとに応援歌があるのは韓国と同じだが、チャンス時の応援歌などの種類の多さにも驚いていた。特にオリックスの応援はやや複雑なので「いきなり外野席に来たら楽しめないのではないか」と筆者は気にかけたが、そんな心配をよそに彼は心からうれしそうな表情で、見よう見まねで楽しんでいた。得点が入った時の「バンザイ」なども教えたらすぐに順応していた。
試合に勝ったチームの応援団が試合後に応援歌を歌って喜びを分かち合う「二次会」という文化も、日本独特のものだそうだ。「韓国人はせっかちだからすぐに帰っちゃうんだよ」と冗談を言っていた。
「売り子のお姉さん」に衝撃
また、スタンドでアルコール類などを販売する「売り子」に女性が多いことも新鮮だったようで「みんなとてもきれいです」と伝えてきた。韓国の球場では男性の売り子しか見かけないという。
一般的に売り子の給与が歩合制であるということや、だからこそ固定客をつけることが彼女たちにとって大切であるという話をしたら驚いていた。
韓国での日本野球の認知を広げたのは、あの左打者?
韓国野球の方が日本よりも「打高」の傾向があることはよく知られている。近年の韓国リーグの首位打者の打率を見ても.350〜.370程度で推移しており、日本よりもおおよそ3分以上高い。
この日、中盤まで両チームあまりヒットが出ていなかったため「韓国の野球の方がたくさんヒットやホームランが出るでしょ?」と聞くと、「そうだけど、日本の方がレベルが高いよ」と言っていた。彼はオリックスからドジャースに移籍した山本由伸投手の名前を出し「あのレベルの投手はなかなか韓国から出てこない」とした。この日投げた曽谷投手やオリックス本田仁海投手、阪神・村上頌樹投手らのことも絶賛していた。
彼の最も好きな選手を聞くと、日本でもロッテー巨人ーオリックスと渡り歩いた人気選手・李承燁氏(現・斗山ベアーズ監督)だと答えた。日本野球に関心を持つきっかけになり、周囲でも同じような人は多かったそうだ。いまだに李承燁のユニフォームを着て応援しているオリックスファンをたまに見かけるよ、と伝えると目を丸くして驚き、非常に喜んでいた。
他にも、ドジャースやオリックスでプレーした韓国のレジェンド・朴賛浩(パクチャンホ)投手やメジャー移籍を目指すロッテ佐々木朗希投手の話などで盛り上がった。試合は4−0でオリックスが快勝。外野席で20分ほど行われた応援団の二次会も彼は最後まで参加した。一緒に球場を後にして互いの身の上話をしつつ電車に乗り、大阪駅のホームまで案内した。連絡先も交換した。
彼は兵役が終わったら日本に留学したいと話していたので、別れ際にスマホに「2年後(兵役が終わったら)ぜひ日本で野球観戦しましょう」と打ち込んだ。それを見せようとしたところ、ちょうど同じタイミングで向こうも同じ文章を打っていたようで、その画面を見せてきて、二人で笑った。野球という共通の趣味と翻訳アプリが縁をつないでくれた、印象的な体験だった。