水原一平氏、ギャンブル障害の克服に必要なこととは 治療に繋がる患者はわずか1%という説も 依存症に詳しい医師が解説

渡辺 陽 渡辺 陽

ドジャース・大谷翔平投手(29)の元通訳で、銀行詐欺容疑で訴追された水原一平容疑者(39)が12日(日本時間13日)、米ロサンゼルス市内にある連邦地裁に出廷し、保釈されました。保釈条件には、賭博行為やカジノへの立ち入り禁止、ギャンブル障害を治療するプログラムに参加することが含まれていますが、ギャンブル障害を克服することはできるのでしょうか。ギャンブル障害など依存症に詳しい京都大学医学部附属病院・鶴身孝介医師に取材しました。 

――依存症の人は脳の中で何が起こっている?

「水原氏の診察をしたわけではないのであくまでも一般論ですが、脳には報酬系と衝動抑制系があり、ギャンブル障害の場合、線条体という脳の報酬系の中心となる部分が、ギャンブルに関連する刺激には比較的よく反応します。特に、例えばパチンコでリーチが来て『当たりが来るのかどうかドキドキしている』時など、報酬を得られる少し前にドーパミンがたくさん放出され、線条体が刺激されるのです。しかしギャンブル障害の場合、ギャンブル以外のものにはあまり反応しなくなっています。一方で、衝動を抑制する脳の活動も低下しています。ふと時間が余って、お金が手元にある。その時に自分をどう抑えるのか。やってしまってから途中で切り上げるのはかなり上級編になります。報酬系と衝動抑制系、その働きのせめぎ合いがあり、両方が病気に関わっています」

――大谷選手は、水原氏が嘘をついたと何度も言いました。

「一般に依存症の人は、いろんな自分の行動を隠すのに嘘を重ねていきます。しかし、瞬間瞬間で嘘をついているので、どんな嘘をついたか自分でも把握しきれず、どうしても矛盾点が出てきてバレてしまいます。そうこうしているうちにどんどんしんどい状況に追い込まれてしまい、そのしんどさが嗜癖行動や依存物質へのハマり込みにつながります」

――水原氏は誰かに相談できなかったのでしょうか。

「一般論かつ、鶏が先か卵が先かという話になりますが、依存症には孤独だからハマるという側面もあれば、ハマってしまう中で孤独になるという側面もあります。患者さんの中には元々周囲との関係を築くのが苦手な方もいますし、経過の中でいろいろやらかしてどんどん信頼を失っていき、孤独になるパターンもあります。そうすると、一人でやる娯楽以外にストレスを逃す場所を失くし、さらにハマっていくという悪循環に陥ります。普段からいろんなことを相談できる相手が周りにいたのかとか、関係性が構築できていたのか、それは依存症に陥らないためにはすごく大事なことだと思います」

――胴元から暗に「大谷にバラす」と脅されていたとも報じられています。

「負けをギャンブルで取り戻そうとする行動は診断基準にも入っています。コツコツ働いて取り戻せばいいのですが、それをせずにギャンブルに行ってしまうというのはギャンブル障害の特徴でもあります。何がギャンブルの動機になっていたかは、個々の話を聞いてみないと分かりません。ただ、ストレスが依存症の再発因子になることはあります。ストレスとは、仕事の重圧など悪いことだけでなく、昇進、結婚、子供ができたという変化も当てはまりますが、情動に訴える恐怖も再発のリスクになり得ます。プレッシャーが強く、余裕がない状態だと、短絡的な選択肢を選びやすくなります」

――治療法はあるのでしょうか。

「治療法はありますが、これまでは『ギャンブル障害は疾患である』という認識が広まっていませんでした。多くの医療機関で、なかなか医療の対象として認められなかったのです。それが今回の件でにわかに脚光を浴びました。病気であるという認知が進むことで、これまで悩んでいた人が、ファーストタッチで病院に行きやすくなりました。患者さんがどれだけいて、どれだけ治療に繋がっているかを示す数値を『トリートメントギャップ』といいますが、ギャンブル障害はこの数値で1%も繋がっていません」

――精神病院に行けばいいのですか。

「病院だけで治療は完結しません。承認された治療薬もありません。これを飲んでおいたらいいよ、そうしたらギャンブルしたくなくなるからという話なら簡単なのですが、心理社会的な治療が中心となっていて、外来に来てもらったり、集団精神療法のプログラムに入ってもらったりしています。あとは当事者が運営している民間の自助グループに参加してもらうことになります。患者さんによって行きやすい場所は違いますし、治療の時期によっても変わってきます。自助グループから見たポイントと医師が見たポイントも違います。いろんなところに繋がっておいてもらったらいいでしょう」

――水原氏は、ギャンブル障害を克服できるでしょうか。

「先ほども言ったように私が直接診察しているわけではないので一般論になってしまいますが、ギャンブル障害は『相談相手がいない』もしくは『相談するのが憚られる内容』なので、相談のハードルは高い傾向にあります。しかし、どのような患者さんも回復する可能性はあると思います」

<鶴身孝介医師>

京都大学大学院医学研究科脳病態生理学講座(精神医学)

2002年京都大学医学部医学研究科卒、京都大学医学部附属病院で研修を終えた後、杉田玄白記念公立小浜病院にて精神科医として勤務。2011年に京都大学大学院医学研究科に入学。2015年に大学院を修了し医学博士取得。2015年より京都大学大学院医学研究科客員研究員。2016年より京都大学医学部附属病院デイ・ケア診療部助教。2018年4月より10月までケンブリッジ大学客員研究員。2023年より京都大学医学部附属病院デイ・ケア診療部副部長、病院講師。専門は依存症臨床全般、神経画像学。アルコール・アディクション医学会評議員、同学術委員、同編集委員。関西アルコール関連問題学会幹事。精神保健指定医。精神科専門医・指導医。日本医師会認定産業医。
所属学会:日本精神神経学会、日本アルコール・アディクション医学会、日本アルコール関連問題学会、関西アルコール関連問題学会、日本生物学的精神医学会、日本神経科学会
受賞歴:社会神経科学研究会ポスター賞、日本精神神経学会国際学会発表賞、NPPR Reviewer Award 2023

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