「発達障害の息子、今日から自力で登校することになりました。小学校6年間ずっと送迎していましたが、自ら自分の脚で登校したいと言ってくれました。妻もこの姿見たら喜んだだろうなぁ。行ってらっしゃい」
発達障害を持つ息子さんが一人で登校する姿に感激するお父さんの投稿がX(旧Twitter)で話題になりました。
投稿したのは、「Open Up Your Heart」さん(@gongongon3013)。息子さんは小学校の6年間一人で通学できなかったのですが、中学に入学してから「自分で行きたい」と訴え、自力で登校することになったとのこと。そんな成長した息子さんの姿を、昨年9月に死別した奥さんが見たら喜んでくれたはずと、思わずつぶやきました。
投稿には「おめでとうございます」「頑張ったね!」と励ましの声や、同じ発達障害のお子さんを持つ親御さんたちから共感する声などたくさんのコメントが寄せられています。
「たくさん心配なことはおありかと思いますが 息子さんの大きな大きな一歩に拍手です」
「息子さんの成長と自立に、心からお祝い申し上げます」
「私の子も発達障害、なななんとバス通学を始めました。喜びの春です」
「人より少し遅れていても、ちゃんと我が子も育っているのだなと胸が熱くなりました」
「自力で登校するって素晴らしい進歩ですよね お兄ちゃんに成長してる姿を奥様も喜んでいらっしゃると思います」
多くの人たちを感動させたお父さんの投稿。これまで向き合ってきた息子さんのことや登校時のことなど、お父さんの「Open Up Your Heart」さんに聞きました。
2歳半検診で発達障害が発覚 その後、妻は末期がんで闘病生活…息子に残した言葉とは?
──中学ご入学おめでとうございます。息子さんは、発達障害とのことですが。
「はい。乳児の頃、なかなか発語がありませんでした。周りからは『男の子は遅いもんだよ』と言われたものの、『パパ』『ママ』すら言わないし、目を合わせてくれない。そして2歳半の時に市役所で検査を受けたところ、『自閉スペクトラム症(ASD)※1』『注意欠如多動症(ADHD)※2』『広汎性発達障害(PDD)※3』と診断されたんです」
※1→対人関係が苦手、強いこだわりといった特徴をもつ発達障害の1つ。
※2→「不注意」「多動・衝動性」などの症状を特徴とする発達障害の1つ。
※3→対人関係の困難、パターン化した行動や強いこだわりの症状がみられる発達障害の1つ。
──親御さんたちが小学校6年間送迎をされていたそうですね。
「子育てに関しては、亡き妻が一生懸命やっていました。我が子を自閉症にさせてしまったという自責の念が強くあったようです。ネットでいろいろ調べて、休日には県外にも出向いて発達支援を行う療育方法を探していました。また、運動をさせるのも良いと聞いたので、海や山へは毎週遊びに連れて行きました」
──奥さんは生前に闘病されていたとのこと。
「子どもが1歳半の授乳中にがんが判明し、小学1年生の時に末期がんになりました。ですので息子は闘病中の妻しか知らないのです。そんな妻からは生前『ママが死んでしまっても、ママは〇〇の心の中にずっといるから大丈夫よ』と言われていた息子は、妻の死後ずっと気丈に過ごしていました。私が『悲しくないのか?』と聞いたら『お母さんは〇〇のココにずっといてくれているから悲しくありません』と言ってくれたんです。素直に妻の言葉を受け入れて実行していたのですね」
妻が亡くなったのは昨年9月 夫は仕事と家事などの両立で疲弊し“うつ状態”に
──奥さんが亡くなってからの息子さんとの時間に変化があったかと思います。
どのように過ごされてきましたか?
「妻の死後、さまざまな福祉のサービスが打ち切られ、その中でも居宅介護サービスが終了したのは大きかったです。夕飯の用意や掃除・洗濯などの簡単な家事をやってくれていたのですが…それが、役所の方から『もう奥様の介護の方に旦那さんが取られることはなくなりますから、このサービスは終わりにします』と連絡がきました。
すると、私が仕事から帰ってくるのが夜の20時から20時半。そこから食事の準備、お風呂など。子供の寝る時間が遅くなり、朝も起きれなくなり、学校でも眠そうにしていると先生に言われ、私も疲弊してきました。また妻が亡くなり私は精神的に病んでしまい、精神科を受診したところ〝うつ状態〟と診断されたんです」
──今の病状は。
「放心状態でボーッとしていたある日、生前妻に言われていた言葉がふと浮かびました。『自由に生きて』…ハッとしましたね。瞬時に何か吹っ切れた気持ちになり、その日の内に会社の社長に連絡して休職することにしました。かといって、うつ状態が治ったわけではなく、まだ通院は続けていますが。ただ息子との時間が取れるようになって良かったと思っています」
中学入学を機に息子に変化が…「お父さん!ここまででいいです!」
──中学に入学され、ついに自力で通うことができたという息子さん。見守り続けてきた親御さんにとって、どんな思い?
「中学生になる前、春休み中に何度か通学路を一緒に歩いて練習したんです。小学校の時から『中学生になったら自分で行きたい』と言っていたものの、6年間1度も自分で歩いて行ったことがなかったわけですから親としては心配でした。6年間の中でも進級や新学期などの区切りで何度かチャンスはあったのですが、本人自ら言い出してくるまで待ちました。『行ってこい!』と放り出すのは簡単ですけど、きっと続かないだろうと思ったからです。いざ送り出す朝になり、見送る際、こそっとついて行きたくなりましたね(笑)。
でもそれをしてしまったら息子を信じていないことになるから、グッとこらえて留まりました。そこから2、30分はずっと時計とスマホのにらめっこ。どこからも電話は掛かってこなかったので安心しましたね。次の日も見送ろうとしたら『お父さん!ここまででいいです!』と言い、スタスタと歩いて行ってしまいました。私は玄関でぼう然と立ち尽くしました。何と表現したら良いのか、うれしかったでは済まされない妙な気持ちになりましたね」
──今後の息子さんへの期待や思いは。
「中学校生活では、小学校からの課題であったお友だちとのコミュニケーションを上手になってもらいたいです。また家以外のところでの楽しさも知ってもらいたいとも思います。我が家は絵に描いたような〝核家族〟…今住んでいる場所には誰1人身寄りはいません。いつの日か必ずたった1人の親である私もいなくなりますから、世の中とのコミュニケーションや接点を作れるようになってほしいと願います。これから、そういったことを全力で応援し支えていきたいと思っています」