2019年、千葉県内のある保護団体に保護された元野犬の茅(かや)。
保護当初から他のワンコに寄り添いながらも人間には心を閉ざしていました。預かりボランティアさんの家で10カ月ほど過ごしたものの、常に同じ姿勢で固まり、隙を見せないように人間の動きを目で追う日々を送っていました。
そんな茅を幸せに導いてあげたいと迎え入れることになったのが、東京·田無で暮らすKさんでした。しかし、茅が心を開くのは、そう容易いことではありませんでした。
心を開いてくれることを願っての「作戦」
事前に保護団体から「かなり警戒心が強い子だ」と聞いていたKさんは、家に迎え入れてから「しばらくは構わないようにしよう」と決めました。
寝るときは茅がいるケージの脇に自らの布団を敷き、あえて「無防備の姿を見せる作戦」を実施。「怖いことをする人じゃないよー」と茅に思ってもらえることを期待してのことでした。
しかし、数日経過しても茅の態度は変わりません。ここでKさんは作戦を変更。
今度は「話しかける作戦」を実施しました。「今からご飯食べるね」「お風呂入るね」「買い物行ってくるね」と、茅にその都度話しかけましたが、これもダメ。
さらに「散歩で仲良くなる作戦」も実施しましたが、これもハードルが高く、首輪を見ればビビリション。ハーネスを見ればビビリウンチ。じっくりじっくり首輪やハーネスに馴れさせ、やっと散歩に連れ出しても、人間がいればパニックを起こして右往左往。逃げようと全力で大暴れし、このせいでKさんは転んでしまうこともありました。
茅に代わって里親さんが散歩!?
最も大変だったのが、人間がそばにいると、緊張して茅が用を足さないことでした。Kさんは日に何度も茅が落ち着いて用を足せるようにあえて散歩などで外出したそうです。
「散歩を嫌がる茅、用を足さない茅の代わりに私が散歩に行っているような感覚でした」と笑うKさんでしたが、しばらくして、茅の行動に変化が現れました。
茅がぎこちなく尻尾を揺らし始めた
Kさんの愛情と気持ちが伝わったのか、ある日、茅がぎこちなく尻尾を揺らしたのです。Kさんは「見間違いじゃないよね?」と二度見。すると、また小さく尻尾をフリフリ。保護以来、一度も振らなかった尻尾をKさんの前で初めて振ったのです。
Kさんの目に涙があふれました。
「人間と一緒に暮らすことに『嬉しい』とか『楽しい』という気持ちが、茅の心に生まれたのかと思うと、すごく嬉しかったです」
怖いときはKさんの足の間に隠れるように
茅は以降も「知らない人」「初めての人」を見ると緊張し、ときに大暴れ。散歩中にたびたび暴れるので、誤って脱走させないためにもKさんはWリードなどの念入りの対策をとっています。茅にとっての唯一の人間の相棒はKさん。Kさんの前ではリラックスし、何か怖いことがあると、Kさんの足の間に隠れて固まってしまいます。
Kさんはこう言います。
「外で会う『知らない人』『初めての人』はもちろんですが、うちの旦那さんにもいまだに目を合わさず、なでてもギュッと固まります。それでも、時折茅が見せる、自由でヤンチャな様子は私たち夫婦の癒しです。茅に出会えたことに本当に感謝しています。日頃から私は、茅に『いつまでも私たちとずっと一緒にいてね』と伝えています」