1997年に公開されたスタジオジブリによるアニメ映画『もののけ姫』は当時の興行収入が193億円と大ヒットし、さらにアニメーション作品として初の日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した名作アニメ映画です。
同作はタタリ神から受けた呪いを解くために西方へ旅をする少年・アシタカが、人間でありながら山犬に育てられた少女・サンに出会う物語で、映画のタイトル『もののけ姫』はサンのことを指しています。しかし同作の主人公はサンではなくアシタカです。ジブリ映画では『となりのトトロ』や『千と千尋の神隠し』など、タイトルが主人公についての言葉が多く選ばれていますが、同作はなぜアシタカではなくサンを意味する『もののけ姫』というタイトルとなったのでしょうか。
集英社が発売している、スタジオジブリのプロデューサー・鈴木敏夫さんが責任編集を務め、ジブリの歩んだ40年の歴史や制作過程が綴られた『スタジオジブリ物語』では、『もののけ姫』のタイトルをめぐる鈴木プロデューサーの戦略が記されています。
そもそも『もののけ姫』というタイトルは当初使われる予定ではない初期設定タイトルであり、宮崎駿監督は同作のタイトルを『アシタカせっ記』にする予定だったそうです。
※「せつ」という文字は「艸(そうこう)」の下に「耳」という字がふたつ並んだ漢字で「草の陰で人から人へ伝わった物語」という意味を持つ宮崎監督の造語。
ところが鈴木プロデューサー自身は、宮崎監督の考えた『アシタカせっ記』よりも、『もののけ姫』の方が作品に合っていると感じていました。「もののけ」と「姫」という相反するイメージがドッキングしたインパクトや、物語の時代設定が「姫がいた時代」だったことなどがその理由です。
しかし『アシタカせっ記』で公開するつもりの宮崎監督を説得できず、どうしたら『もののけ姫』をタイトルにできるのか悩み抜いた鈴木プロデューサーは、ある強硬手段に出ます。その強硬手段とは、なんと1995年12月に放送された『となりのトトロ』のTV放送の際に『もののけ姫』というタイトルで特報を出したのです。
鈴木プロデューサーの強硬手段がおこなわれた後日、宮崎監督は鈴木プロデューサーを怒るわけでもなく「あれ、出しちゃったの?」とだけ聞いたと同書に記されています。このエピソードから筆者は、「いい作品を作るためには妥協しない」という鈴木プロデューサーと宮崎監督の作品ポリシーをひしひしと感じました。ちなみに『アシタカせっ記』は、久石譲氏が作曲した『もののけ姫』のメインテーマの題名になっています。
また『もののけ姫』以前の宮崎監督の作品には、すべて「の」という文字が入るというジンクスがありました(『風の谷のナウシカ』、『魔女の宅急便』など)。このジンクスにあやかりたいという想いも鈴木プロデューサーが『もののけ姫』を推した理由のひとつでした。
もしも『もののけ姫』が『アシタカせっ記』というタイトルで上演されていたとすれば、世間からの評価や物語の印象はどう変わっていたのか、想像するのも面白いのではないでしょうか。